scriniarius Togawanus

復習がてら古典作品の対訳を書くだけです。

お詫び

拙訳が授業での修正を経て本ページにて公開されている状況は、授業参加者全員による成果を横領したということに他ならぬため、この度幾つかの記事を削除しました。

ご指摘を頂戴するまでこの倫理的問題に意識を向けられていなかったことこそが大きな問題であり、関係者の皆様に深くお詫び申し上げる次第です。申し訳ございません。

古典ラテン語から古仏語までの概略史

 西洋古典といえば,ギリシア語と並んでラテン語ですが,ラテン語は紀元前1世紀,散文をキケロに,韻文をウェルギリスに,それぞれ範を取り,「古典ラテン語」と呼称される完成形を見ることとなります。その後の歴史の中で,古典ラテン語は民衆的な俗ラテン語を経て変貌を遂げ,中世の段階で様々な言語に分化していました。その一つが古フランス語ancien françaisです。

 先学期,古仏語の講義(『メルラン(マーリン)』の講読)を履修し,期末レポートが課されたのですが,生憎中世文学には全くの素人なのでまともなものが書ける気がせず,上記の変遷を簡単にまとめることにしました。折角なのでこちらに投稿します。

 言語学に関しても全く明るくないため,二次文献に頼った,ほとんど理論を含まない変遷史になっており,大した内容ではありませんのでご容赦を。

 

無理にコピペしていますので表示が変だった場合はこちらをお使いください(元データ)

https://1drv.ms/b/s!AmdAVvA0ZcISg95QLzxpafgTAv3dbw

 

以下本文です。

 

 
 
 
 

はじめに

 本報告は,演習で取り扱った古フランス語の成立について関心を抱いた古代ローマ史専攻たる報告者が,ローマによるガリアの征服とラテン語の導入から最古のフランス語テクストたる『ストラスブールの誓約』までを主だった範囲として,1万字程度の分量を以って俗ラテン語を経て古フランス語に至るまでの変遷を辿ろうと試みたものである。遺憾ながら報告者は言語学に明るくないため,音韻論について十分に理解したと言えないまま二次文献を頼り,外面上の変化を辿ることしか叶わなかった。テーマとしてはあまり斬新なものとはいえないが,概説的かつなるべく詳細に1000年の歴史を追えるようにしていきたい。

 

 

今日のフランスは,ローマ時代にガリアと呼ばれていた地域に含まれる。ガリアには元来イベリア人,リグリア人,ギリシア人が居住していたが,紀元前500年頃に中東欧から西に移動し始めたケルト人の一派ガリア(ゴート)人が紀元前300年頃,先住民と入れ替わりに定住するようになった[1]。彼らの隣人であったギリシア人,或いはマルセイユ人はその文明をガリア人に伝えたものの,海を活動の舞台とするギリシア人・マルセイユ人とガリア人は真に融合することはなく,その交流はある種敵対的であった。したがってギリシア語はガリアにおける文明語となる機会を逸し,南仏の方言プロヴァンス語にその痕跡を幾つか残すに留まった。ガリア人はガリア語を用い続けたのである[2]

ガリア地方の内,フランス南部(プロヴァンス地方)にあって最もイタリアに近い「ガリア・ナルボネンシスGallia Narbonensis」(別名「ガリア・トランサルピナGallia Transalpina」)は早くも紀元前121年に,ギリシア人の要請を容れた執政官クィントゥス・ファビウス・マクシムス・アッロブロギクス,並びに前執政官グナエウス・ドミティウス・アヘノバルブスの遠征軍によって征服され,ローマの属州となる。イタリアとの地理的近接性によって多くのローマ人が移り住んだことで,ローマの文化は深く浸透,ラテン語も用いられるようになる。

続いて紀元前58~51年のガイウス・ユリウス・カエサルによる諸遠征によってガリア全域がローマの支配下にはいり,3つの属州が設置される。その名称は,現在のフランス北部・中部が「ガリア・ルグドゥネンシスGallia Lugdunensis」,北部(ベルギー方面)が「ガリア・ベルギカGallia Belgic」,南西部が「ガリア・アクィタニアGallia Aquitania」として振り分けられた。

この属州においては,ラテン語は統治のための公用語であり,文明の代表であった。ガリア人の貴族はローマ市民権を与えられ,すなわちローマ人へと吸収されることでラテン語の人口は増加した。また,さほど大規模とはいえないものの,退役兵,奴隷らがイタリア半島から移住し,自らの言語をガリアに浸透させていく。そして,以前は存在しなかった「学校」がガリアにローマ文明を普及させていき,決定的にガリアをラテン化することになった[3]

この時より西ローマ帝国の滅亡する紀元475年まで,ガリアは(一応は)ローマの支配下にあった。すなわち,ガリアはラテン語にさらされ続けていたということである。

ただし,ラテン語の完全なる浸透はガリアにおいて非常に緩慢な過程であった。早くからローマに占領された「ガリア・ナルボネンシス(ガリア・トランサルピナ)」こそ紀元1世紀以後ラテン語のみが話されるようになっていたが,その他のガリア地域では紀元4世紀,あるいは5世紀までガリア語が話され続け[4],さらにケルト語はその後数世紀にわたって息を伸ばし続けたと考えられている[5]。すなわちガリア語との500年の共存期間(ケルト語はそれ以上)があったということになる。この緩慢さが,のちのフランス語を生むこととなるのである。

また,そもそもガリアのラテン化も都市部が中心であり,ローマの影響は農村には,直接的には達しなかった。したがって,都市部で流通する物品は該当するラテン語に置き換えられるものの,農村の住民のみが詳しく知る物品やガリア人のみが持っていた技術[6]に関する用語は,ガリア語のままやがてラテン語に導入されることとなる[7]。また,既に発音はイタリア半島とガリアの間で,また,ガリアの都市と農村の間でも既に若干の違いを生じていた。ガリアのラテン語は,その導入の早い段階から独自性を歩み出していたということができる。

 

 

 

歴史的変遷

 斯くしてガリアに流布したラテン語には2つの形,すなわち古典ラテン語俗ラテン語がある。続いては,この差異について述べなくてはならない。

 そもそもラテン語は紀元前5世紀まではローマとラティウム地方のみで用いられていた地方語であったが,ローマが地中海世界へと領土を広げていく中で,急速に普及したものである。紀元前280年に完了するイタリア半島統一,そしてそれに続くポエニ戦争の中で,ローマ人は南伊のギリシア人諸都市との交流を密とする。ローマ人は優れたギリシア文学を手本としてラテン文学を生み出すようになり,言語として成熟し,豊かになった。散文はキケロによって,韻文はウェルギリウスによって,それぞれ頂点に達し,このころ(BC 70 ~ AD 14)のラテン語を我々は「古典ラテン語Classical Latin」と呼ぶ。

 一方,文語としてのラテン語の発展と歩調を同じくして,口語の乖離が進んでいく。口語は外界的な影響,生物的な口調の法則に影響を受けやすく,文語(古典ラテン語)との間のみならず,時代や地域間,職業や階層間でも差異が生じることとなる。この中で,特に,ローマ帝国の圧倒的大多数を占めていた,文字の読み書きのできない一般大衆が用いていた口語は「俗語sermo vulgaris」と呼ばれ[9],それを我々は「俗ラテン語Vulgar Latin」と呼び変える。さらに述べると,「学校教育と文学上の手本と影響を,ほとんどあるいはまったく受けていない諸階層の話し言葉[10]」が「俗ラテン語」と定義される。

 続いては,「古典ラテン語」から「俗ラテン語」への変遷に伴う,4つの主要な差異について概略的に記載する。

 

音韻上の変遷

 「古典ラテン語」と「俗ラテン語」との大きな差異の一つは,アクセントの性質である。「古典ラテン語」が高低アクセントであったのに対し,「俗ラテン語」は強弱アクセントである。この具体的なプロセスは不確定であるが,俗ラテン語における本質的な母音変化のすべての原因は,この強弱アクセントの誕生にあるとされる[11]。フランス語を含む現在のロマンス諸語は強弱アクセントであり,この変化を以って近代語への第一歩を踏み出したと考えることもできよう。なお,この変化に伴ってアクセントの位置は変化しなかった。これはロマンス語にあっても保存され,すなわちほとんどの単語において古典ラテン語のアクセント位置が保存されているということになる[12]。この他にも,「俗ラテン語」は多くの音韻上の変化を「古典ラテン語」から遂げている。例えば,「喉頭帯気音hの消失」「子音群の単純化」が挙げられるであろう。これらは,ロマンス語,あるいはここで問題としている古フランス語の発音・綴りに連なるものである。

 

「曲用」の変遷

 続いて重要になるのは「屈折」すなわち語尾変化である。第一に,名詞の語尾変化(「曲用」)について述べる[13]

「古典ラテン語」の多様な名詞活用は,一定の規則に従っていたが,しかし,多くの場合不均整なものであり,多くの誤謬のもととなった。誤謬は格の混同・同一化をもたらすこととなり,従って「俗ラテン語」への変遷の歴史は,主として格体系の縮小の歴史ということになる。以下では,この流れを簡単に記載する。

  •  まず大きな同一化の1点目として,遅くとも5世紀頃までには語末の “-m” が消滅し,次いで語末音節の母音が同一化したこと(長短の区別の消滅・音色の区別の消滅)が挙げられる。これは口語としての「俗ラテン語」の性質に依るものであり,音韻上の変化である。一方で,西ローマ帝国崩壊期まで進んで尚, “-i”, “-s” といった語尾は音韻変化の波に耐えた。すなわち,多くの単数主格形は他の格と区別され,属格や,第3変化単数与格もその個性を保つこととなった。
     一方,複数形ではほぼすべての格が保存されていた。だが,第1変化の複数主格 (“-ae”) が (“-as”) へと取って代わられる事例が5世紀以降ガリアにおいて広がっていく[14]。このことで,第1変化に関して複数主格形と複数対格形が同一となる。ところで第3~5変化にあってはもとより複数形の主格と対格が同じ形態を持つため[15],結果的に主格と対格が異なる複数形を持つものは第2変化のみとなった。
  •  また,全体の傾向として対格と奪格の区別が失われる。これは音声上の問題に加えて,これとは別に,前置詞が関わる格であったために意味上の混同が起こりやすかったことも関係している[16]。この混同は対格が優勢であった。
  •  そしてさらに,与格と属格が近接していく。元来「利害の与格 commodi et incommodi」「心性的与格dat. ethicus」といったものが,属格の持つ「所有」のニュアンスによって置き換えることが可能であったこともあり,後期ラテン語においては「所有」のニュアンスを有した与格(「所有の与格」)が多用される。一方,例は少ないものの,与格を用いるべき箇所で属格が用いられるということも見られ,遂に与格と属格は溶け合い,機能として等価になる。
  •  ところで,「古典ラテン語」にあっては,機能が隔たっていたにも関わらず,与格と奪格の形態は同一であることが多い(すべての名詞の複数形,第2変化名詞の単数形)。これによって,先程の与格と属格との結合体が奪格を抱き込むこととなる。
  • 更に,②で述べた対格と奪格の意味上の混同がこの結合体を侵食する。

ここまで述べたように,最終的に6世紀中頃の話し言葉では,属格・与格・対格・奪格(すなわち「斜格」)が同一の形態(形としてはかつての対格)を持つようになる。そして,この二格体系すら他のロマンス語圏では7世紀後半には既に過去のものとなったにも関わらず,古フランス語(並びに古プロヴァンス語)においては保存されることとなったのである。

以下にここで述べた名詞の曲用の変遷を表にまとめる[17]。最下段には参考として,それぞれ変化として対応する古フランス語を掲載した。

 

 

Sg.

Pl.

 

 

Nom.

Gen.

Dat.

Abl.

Acc.

Nom.

Gen.

Dat.

Abl.

Acc.

 

1

 

rosa

rosae

rosae

rosā

rosam

rosae

rosārum

rosīs

rosīs

rosās

 

rosa

rosae

rosae

rosa

rosa

rosas

rosaro

rosis

rosis

rosas

①        

rosa

rosae

rosae

rosa

rosas

rosaro

rosis

rosas

②        

rosa

rose

rosa

rosas

rosis

rosas

③        

rosa

rose

rosa

rosas

rosis

rosas

④        

rosa

rosa

rosas

rosas

⑤        

fille

fille

filles

filles

 

2

 

dominus

dominī

dominō

dominō

dominum

dominī

dominōrum

dominīs

dominīs

dominōs

 

dominus

domini

domino

domino

domino

domini

dominoro

dominis

dominis

dominos

①        

dominus

domini

domino

domino

domini

dominoro

dominis

dominos

②        

dominus

domino

domino

domini

dominis

dominos

③        

dominus

domino

domino

domini

dominis

dominos

④        

dominus

domino

domini

dominos

⑤        

murs

mur

mur

murs

 

3

 

nātiō

nātiōnis

nātiōnī

nātiōne

nātiōnem

nātiōnēs

nātiōnum

nātiōnibus

nātiōnibus

nātiōnēs

 

natio

nationis

nationi

natione

natione

nationes

nationo

nationibus

nationibus

nationes

①    

natio

nationis

nationi

natione

nationes

nationo

nationibus

nationes

②    

natio

nationi

natione

nationes

nationibus

nationes

③    

natio

nationi

natione

nationes

nationibus

nationes

④    

natio

natione

nationes

nationes

⑤    

none

nonain

nonains

nonains

 

                               

 

音韻上の混同と機能上の混同は同時に進行し,音韻上の混同が起こりにくいような格でも機能の類似性が曲用を混乱させ,一方で全く機能が異なった格同士が音韻上の類似性によって一つの格に収束していく。すなわち,このような変化は番号順に進行したのではなく,相互に干渉しながらであったと考えられるのである[18]

格の減少に関しては,さらにもう一つの要因が存在し,それは「入れ替え可能性」である。これは,同様の音韻変化の波を受けつつも動詞の「活用」が比較的保存された(後述)一方で,何故名詞では変化のヴァリエーションが減少したのかを特に説明する。この「入れ替え可能性」は,簡単に述べると,前置詞を伴う表現が各々の格の機能を代用するということである。前述の②で述べた通り,前置詞の支配は対格に一本化されつつあった事,あるいは前置詞そのものの不変化性が格変化よりも好まれるようになったといえる。

また,以上で述べた格変化の単純化と並行して,「性」の単純化が起こる。すなわち3性からなる「古典ラテン語」から中性名詞が失われ,現代のロマンス語のごとく男性と女性の2性へと収束していく。魁としては早くも西暦の始まりにおいて,中性複数名詞 (“-a”) のうち集合的意味を持つものが女性名詞として扱われるようになっている。一方で中性名詞と男・女性名詞の差異性は10世紀のラテン文においても意識されており,まず薄れていったのは名詞そのものの性区別ではなく,関係代名詞との性一致であった。関係代名詞は,発達していく中で “qui”, “quem” が男性ではなく「人」を表す先行詞に用いられ, “quod” が中性ではなく抽象的な「モノ」を表す先行詞に用いられるようになった。これは性の機能がほとんどなくなりつつあったことを示し, “-o” と “-a” のように明確な音声的区別があった男性名詞と女性名詞は隔てられた一方で,役割と音韻上の特徴を持たなくなった中性名詞は次第に廃れていく運命と成るのである。

また,指示代名詞も発達過程で複雑に変遷しつつ単純化の道をたどる。詳細は後述するが,いくつかは古フランス語に引き継がれていく。ただし,如何様な過程を経ていったかを示す発達は,俗ラテン語文の中に見ることはできない。

 

「活用」の変遷[19]

 

「屈折」についての第2の話題として,動詞の語尾変化,すなわち「活用」の変遷を追う。

 「活用」は,実質上消え失せた「曲用」とは打って変わり,音韻に伴う綴の変化を除けば「古典ラテン語」の規則が「俗ラテン語」においてもよく保存され,ロマンス諸語に引き継がれるどころか,さらに豊かさを増していく。語るところは多いが,紙面と時間の都合上,特に際立つものを幾つか記述するに留めたい。
 まずは,最も注意すべき変化として未来形を掲げておきたい。「俗ラテン語」にあって未来形は,音声上他の時制と混同されることで,本来の「未来」としての明確な意味を失っていく。具体的には,第1,2変化活用では,母音間の “-b-” が音声として弱体化して,完了形と音声上の区別がなくなっていく[20]。また,第3変化活用では,語末音節の “-i” と “-e” が混同されたことで現在形と未来系の区別がなくなっていく[21]。したがって俗ラテン文にあって「未来」のニュアンスを示すために単なる現在形や別の迂言法を用いるようになるということが起こる。特に大きな将来性を伴う「未来」を表すためには “inf. + habere” という形が主流となっていく。この “inf. + habere”  が本来の未来形に取って代わって,ロマンス語における未来形の系譜を担うこととなる。ただし,時制系全体の構造は一切変化しておらず,対応する語形が変化しただけであるということには留意する必要がある。 “habere” が動詞の活用語尾と化したものが,古フランス語の,或いは現代フランス語の未来形ということになる(特徴的な “-r-” は “habe-r-e” に由来する)。

 続いては,本報告では古フランス語への変遷を扱う以上,これに特徴的な複合時制の誕生について,特に述べていきたい。

一つは受動形についてのものであり,ここでは “amare” を例とする。詳しい経緯は一切不明であるものの,本来それぞれ受動完了,受動過去完了であったはずの “amatus sum” “amatus eram”がそれぞれ現在,未完了過去として用いられるようになっていった。この変化は,「古典ラテン語」には存在しない “amatus fui”, “amatus fueram” という新しい完了受動の表記法が何処かの時代において開発されたことによって齎されたと考えられている[22]。本来の受動現在,或いは未完了過去であった “amar” “amabar” は,複雑であったためか,徐々に消滅していく[23]。この表記が古フランス語(更には現代フランス語)の受動形 “estre + p.p.” に一致することは言を俟たない。

 もう一方は, “habere + p. p.” の用法である。用例自体は古くから,例えばリーウィウスの時代から存在したものの, “habere” と動詞の過去分詞形はそれぞれが独立した意味を有していた。例えば, “circumfusum suis copiis haberat hostem” 「彼は味方の軍勢で包囲された敵を持っていた」という文章では, “habere” は主語が「保持する」という意味を持ち,動詞の過去分詞形は主語によって客体に齎された状況を示している。しかし過去分詞が精神的な働きを示す場合,この二語の区別はなくなっていく(例えば “habeo eum cognitum” 「私は知られた彼を持つ」と “eum cognovi” 「私は彼を知っていた」の意味的な可換性)。このような用法は当初は稀で,しかも「知る」という意味の動詞に限られていたが,6~10世紀のある段階で一般化するようになる。 そしてこれは, “habere”が “avoir” に相当することを指摘すれば,フランス語の複合過去にまさに一致するのである[24]

 

 

 

前節では「古典ラテン語」から「俗ラテン語」へと変化していく際の一般的な差異について,音韻と形態の観点に絞って述べた。今後はこの「俗ラテン語」から「古フランス語」への歴史的変遷を記述する試みをしたい。

第1節で述べた経緯を経てガリアにラテン語が齎されて以後,紀元後の最初の数百年「俗ラテン語」は,それ自体は次第に第2節でその一例を述べた通りの変遷を遂げつつも,しかし言語的な統一性を保ち続ける。

ガリア語は,先述の通り幾つかの特徴的な語彙をガリアのラテン語,あるいはかなり稀だがラテン語全体の語彙へと遺し,5世紀の終わり頃には消滅する。先立って西ローマ帝国が滅亡し(476年),ガリアがローマ,或いは他の属州と次第に切り離されていったこともあり,既に地域特有の単語と完全なる言語的分化を予感させる音声的傾向が存在していた。しかし一方,まだガリアのラテン語は他地域と非常に近接したラテン語であった[25]。言語の地域的独立性は次第に高まっていったはずだが,どの段階で古フランス語の出発点となる言語へと変化したかは判断することはできない。これは「文語ラテン語」が「口語ラテン語」の影響を排して地域を超えた統一性を維持したため,たとえ俗的な文献であっても,当時口頭で語られていたラテン語を曖昧にしか反映しないからである[26]。史料によって明らかにされるのは,イタリアの俗ラテン文とガリアの俗ラテン文が8世紀においては明らかに相違しているということのみである。

以上より,些細な変化は紀元後早くから既に起こっていたとはいえ,本質的な変化は,西ローマ帝国の崩壊した5世紀において決定的に開始され,8世紀後半にはラテン語はもはや統一的な伝達手段ではなくなっていたと見なす研究が大半であり,そしてそれ以上の確定した結論を出すことはできないのである[27]

さて,5世紀以降のガリアには,ガロ=ロマン人(この段階ではガリア人ではなくこう呼ぶのが相応しいであろう)の他にゲルマン民族の一派たるフランク人が居住していた。以上で述べたラテン語の変貌について,具体的な時間を与えることはできずとも,その要因をフランク人に帰することはできるであろう。

フランク人自身はガリア定住当時殆どがラテン語を解さなかった。しかし,メロヴィング家のクローヴィスがアリウス教徒たる西ゴート族と戦う際に司教の支持を受けようとしたことで,フランク人はローマ教会の一員となる。そしてその公用語たるラテン語を宗教語として受け入れた彼らは,ゲルマン語の語彙を一部(但し現代語において重要なものである)提供しつつも,ラテン語化したのである。このことによってフランク領の境界線が,ロマンス語とゲルマン語とを隔てることとなった[28]

しかしフランク人はラテン語に大きな音声上の変化をもたらす。それというのは,ゲルマン式の強い呼気による強勢を与えたことである。このことがフランス式の語彙・発音に大きな影響を与えることとなる。すなわちある母音に強勢が置かれることで[29],その前の音節は語中音消失し,その後ろの音節は縮減する。これに伴い,幾つかの例外を除いて,非強勢の語末は音節を失うこととなった。そしてその「例外[30]」にあっては,古フランス語,或いは現代フランス語において唯一許される非強勢母音たる [ə] に収束し,古フランス語では “a, o, e” ,そして現代フランス語では “e” と綴られるのである[31]。以上の文献に現れない変化は,最古のフランス語テクストとみなされる「ストラスブールの誓約」で証拠付けられ,9世紀には概ね完了していたという結論しか我々は知ることができない。

なお,ゲルマン語の影響は北部においてより強く,従ってフランス語の発達の基礎となる以上の発音変化は,フランス北部の方言として始まったのである。南部はより保守的で大きな変化は被らず,我々はそれを総称してオック語(オクシタン語),或いはプロヴァンス語と呼び,今日まで引き継がれた別の系統となるのである[32]

こうして音声的に決定的に変質したこの言語は,トゥール司教会議において “rustica romana lingua” と呼称され,ラテン語と区別されることとなる[33]。この背景にはラテン語そのものの変化が存在する。すなわち,カール大帝治世下の伝統回帰,所謂カロリングルネッサンスによってラテン語が古典期の純正さを多くの面で取り戻し,それ故に口語のラテン語との乖離は決定的なものとなって,後者をラテン語と呼ぶことはもはや相応しいこととはいえなくなったのである。

これを以って,我々がここまで扱ってきたガロ=ロマンス語の諸方言体系たる言語は,古フランス語の最初期たるものとして扱うことができるのである[34]

フランス語で書かれたとされる文献の最古たるものは,先ほど名前を上げた842年の「ストラスブールの誓約Serments de Strasbourg」であり,ニタールNithardによるラテン語年代記『ルイ敬虔王と息子たちの歴史』に原文で引用されている。この誓約はシャルル・マーニュの息子ルイとシャルルが長兄ロテールに対抗して同盟を結んだもので,ルイはシャルルの家臣によって理解されるようロマンス語で誓い,シャルルは他方ドイツ語で誓った[35]。ルイが用いたロマンス語は,ラテン語の特徴を十分に残しながらも,先行するテクストとは一線を画しており,先程述べた地域的音声変化の結果と対応する綴りを示す[36]。これは公文書ゆえ言語学的テクストとして至上の価値を持つものではないが,幸いにしてこれを補足するものがあり,900年頃に書かれたフランス最古の文学的文献である『聖女ウーラリーの続唱Séquence de sainte Eulalie』である[37]。これら2つの資料は特別視され,特に「最古フランス語」として扱われることが多い[38]。古フランス語の始まりとしては,この「ストラスブールの誓約」が著された842年か,或いは当時の口語を明確にラテン語と区別した証拠であるトゥール司教会議が開催された813年に置かれるのがほぼ共通した見解である[39]

 

 

総括

 

ここまで概観してきた,ラテン語から古フランス語までの変遷を今一度簡単にまとめると以下のようになる。

すなわち,紀元前70年に完成した文語たる「古典ラテン語」は,その誕生とほぼ同時に口語との乖離を生じ始め,自然的発声に基づいた変遷を遂げることとなる「俗ラテン語」を生ずる。語尾子音の脱落,母音の音声の同一化と言った音韻上の変化,あるいは機能の同一視を経て,ラテン語を特徴づける名詞の豊かな曲用は次第に失われていき,主格と斜格(被制格)の2格のみが残され,動詞は一方で豊富さを増していく。現在のフランスに当たるガリアに居住していたガリア人はローマ人の征服を受けてラテン語を受け入れたが,完全な浸透には数百年の時間を要し,ガリア語,ケルトごとの併存期間が続き,幾つかの語彙を提供する。それでも,西ローマ帝国が滅亡して地方的な自立性が高まっても尚,ガリアにおいて発達していった俗ラテン語は他地域のそれと本質的に共通・同一であった。しかしフランク人がガリアに居住したことでゲルマン語の強勢的発音が俗ラテン語に取り入れられ,ラテン語は大きな転換を迎える。ガリアのラテン語は,現在のフランス語を特徴づける発音(特に語尾弱勢母音の消滅),或いは綴りを獲得し,次第に独立性を高めていく。8世紀後半の段階ではガリアのラテン語はイタリアのそれとは決定的に相異なっており,813年のトゥール司教会議においてその口語は “rustica romana lingua” というラテン語と決定的に区別された呼称を得る。そして842年に記録された「ストラスブールの誓約」は,そこにおいて話された言語の,明らかにラテン語と隔たった,「最古フランス語」と呼ぶべき痕跡を我々に伝える。これをもって「古フランス語」が誕生したとみなされるのである。

フランス語は,自らも『ガリア戦記』によって「古典ラテン語」の黄金期を築いた代表的な作家であるユリウス・カエサルによってガリアが平定されたところからその歴史を開始し,当初はラテン語の変遷と軌を一にしつつも,旧来のガリア語,ケルト語,あるいは5世紀以降はゲルマン語の影響によって独自性を高めていき,ついに9世紀を以て,完全に独立した言語の歴史へと転換していくのである。

今回,二次研究のみを参照し,古フランス語形成までの歴史を表面的になぞるに留まってしまい,例を用いて具体的な議論を行ったり,何らかの新たな仮説といったものを提供することはできなかった。また,今後ガリアに侵入するノルマン人,アラブ人の語彙も『メルラン』の時代の古仏語の語彙に影響を与えていたと考えられ,しかしそこまで筆を至らせることも叶わなかった。報告者に一切の前提知識がなかったため,同じくラテン語から古仏語への変遷を追う目的でも,実際のテクストにあたってある特定の語の変化をたどるといった取り組みなど,報告としてより新鮮な,望ましい手法を取ることができなかったのは遺憾である。本報告は,報告者自身の学習の一環として,ある程度の情報量を盛り込みつつ,ただし重要な幾つもの話題を捨て去ることで,極めて概略的に古仏語形成史を追うことをかろうじて果たしたのみである。

 

[1] Rickard (伊藤・高橋訳 1995): p. 5.

[2] von Wartburg (田島他訳 1976): pp. 22-26.

[3] von Wartburg (田島他訳 1976): pp. 27sq.

[4] Rickard (伊藤・高橋訳 1995): pp. 10 et 15.

[5] Herman (新村・国原訳 1971): pp. 24-25.

[6] 例えばビールの製造についてはガリアで重要視されていた一方,ローマでは未知であった。

[7] von Wartburg (田島他訳 1976): pp. 29-35.

[8] 本節の基本的な記述は,國原 (2007): pp. 1-3に依拠する。本節に関して別個に引用する場合のみ,新たに註を付すものとする。

[9] 地域間・階級間の口語の差異についてはローマ人も「都会言葉sermo urbanus」「田舎言葉sermo rusticus」「兵隊語sermo castrensis」のように区別しており,「俗語sermo vulgaris」もその中の一つということになる。

[10] Herman (新村・国原訳 1971): p. 18.

[11] Herman (新村・国原訳 1971): pp. 47-48.

[12] Herman (新村・国原訳 1971): pp. 48-49. 例として civitátem → cité, púlurem → poúdreが挙げられている。

[13] 曲用については,多くの記載をHerman (新村・国原訳 1971): pp. 60-76,並びにvon Wartburg (田島他訳 1976): pp. 39-41 に依拠した。

[14] 但しこの変化はガリアにはむしろ遅れて入ってきたものであり,多くのローマの属州においては紀元後の最初の数世紀の時点ですでに現れていた。

[15] むしろ第1変化において複数主格と対格の混用が起こったのは,この影響という考え方も可能である。この他に,ラテン語と同様のイタリック語であるオスク語とウンブリア語が “-as” で終わる複数主格形を持っていたことも要因の一つと考えられている。

[16] 単数では “-m” の消失による音韻上の混同が考えやすいが,複数では機能上の混同がより重要な要素とは言えるかもしれない。

[17] Herman (新村・国原訳 1971): pp. 60-69の記述をもとに報告者が作成。

[18] なお,俗ラテン語の変遷においてもう一点重要なものとして,イタリア以東においては “-m” と同様に語末の “-s が脱落したことが挙げられる。したがって第2変化の例から分かる通り,東部の俗ラテン語では単数と複数を区別するものは主格しかなかった。この点についてはフランスを始めとするロマニア西部では採用されず,例えばイタリア語の “muri” と古フランス語の “murs” の違いを説明することになるだろう。今回はここで簡単に触れておくに留めるとする。Cf. von Wartburg (田島他訳 1976): p. 65.

[19] 「活用」については,主にHerman (新村・国原訳 1971): pp. 76-85,並びにvon Wartburg (田島他訳 1976): pp. 45-50 を参考にした。

[20] 例としては第1変化活用 “amare” の3人称単数未来形 “amabit”と同完了形 “amavit”,第2変化活用 “monere” の3人称単数未来形 “monebit”と同完了形 “monevit” を挙げることができる。

[21] 例としては第3変化活用 “regere”の3人称単数未来形 “reget” と同現在形 “regit” を挙げることができる。

[22] “fui”, “fueram”はそれぞれ “sum” の完了,過去完了形。

[23] 但し,これはどうやらかなり漸進的な変化であり,メロヴィング朝の公文書であっても「古典ラテン語」の正式な受動形の用法が見られる。

[24] なお, “estre + p.p.” の形の複合過去には,異態動詞(デポネント)が影響を及ぼしたと考えられる。すなわち,形は受動ながら意味は能動であり,さらに動詞の完了形に近い “locutus esse” が “ventus esse” のような形の完了形の手本になったといえる。

[25] Rickard (伊藤・高橋訳 1995):p. 15.

[26] ただしこの「文語ラテン語」は「古典ラテン語」を規範としつつも,やはりある程度は「口語ラテン語」を反映し,すでに変質していた。

[27] Herman (新村・国原訳 1971): pp. 123-125. 尚,比較音声学の立場から根本的な特色の幾つかにおける変化が3世紀には既に生じていたとする立場もあるが (Straka, G. (1953) “Observations sur la chronologie et les dates de quelques modifications phonétiques en roman et en français prélittéraire”, Revue des Langue romanes, pp. 247-307) ,Hermanは文献の組織的研究に基づいていないとして懐疑的である。Cf. Herman (新村・国原訳 1971): p. 125.

[28] von Wartburg (田島他訳 1976): pp. 61-65.

[29] この強勢の位置はラテン語の正しいアクセント位置であった。

[30] 例えば語末が “-a” であった場合など。

[31] 以上,Rickard (伊藤・高橋訳 1995):pp. 27-28.

[32] Rickard (伊藤・高橋訳 1995):p. 29.

[33] 「transferre in rusticam Romanam liguam, aut in theotiscam, quo facilius cuncti possint intelligere quae dicuntur”:『皆が話をより容易に理解できるよう,〔説教を〕地方のロマン語かゲルマン語に移すこと』」(von Wartburg (田島他訳 1976): pp. 73.)

[34] 以上,Rickard (伊藤・高橋訳 1995):pp. 32-34.

[35] von Wartburg (田島他訳 1976): p. 74.

[36] Rickard (伊藤・高橋訳 1995):pp. 35-39.

[37] Chaurand (川本・高橋訳 1973): pp. 10-11.

[38] 島岡 (1982): p. 1.

[39] 古フランス語の時代区分に関しての各研究者の見解は,今田 (2002): pp. 21-29 に詳しい。

 

主要参考文献一覧

邦訳書の出版されているものに関して,その書誌情報を[ ](全角大かっこ)内に示した。

本報告では訳書を参照し,以下の凡例の通り本文脚注内に引用した。

 

例:Herman (新村・国原訳 1971): p. 35

 

Allières J. (1982) La formation de la langue française, Paris[大高 順雄訳 (1992) 『フランス語の形成』白水社].

Chaurand, J. (1969) Histoire de la langue française, Paris[川本茂雄,高橋秀雄訳 (1973) 『フランス語史』白水社].

Herman, J. (1967) Le Latin Vulgaire, Paris. [新村猛,國原吉之助訳 (1971) 『俗ラテン語白水社].

Rickard, P. (1989) A History of the French Language, 2nd ed., London[伊藤忠夫,高橋秀雄訳 (1995) 『フランス語史を学ぶ人のために』世界思想社].

von Wartburg, W. (1965) Evolution et structure de la langue française 3e éd., Berne[田島 宏他訳 (1976) 『フランス語の進化と構造』白水社].

今田 良信 (2002) 『古フランス語における語順研究―13世紀散文を資料体とした言語の体系と変化―』溪水社

國原 吉之助編著 (2007) 『新版 中世ラテン語入門』大学書林

島岡 茂 (1982) 『古フランス語文法』大学書林

 

以上

『ギリシア語入門』(田中美知太郎・松平千秋):練習問題の解答案

古典ギリシア語を最初から学習する上では,『ギリシア語入門 新装版』(田中美知太郎・松平千秋)をはじめに1周するのが(結構前から)セオリーのようです。

僕も授業で購入して取り組みましたが,非常にわかりやすく,安定して安価に入手できる入門書ですが,一点練習問題の解答がないのに困りました(まあ独習書というよりは教科書だからなんでしょうが...ちなみにネットで探したらあるにはあったのですが,気息記号やアクセント記号がないのと,入力ミスがちょくちょくありました)。

久しぶりに解き直してみることにし(ほとんど吹っ飛んでしまいました),せっかくですので解答を打ち込んで上げてみることにしました。全部終わるのはいつになるかわかりませんが,少しずつ増やしていきます。(間違いが多いと思いますのであまり信用なさらぬように...;見つけたら教えて下さい)→以下のログをご覧になるとわかりますが,セルフチェックでも恐ろしいまでのミスが見つかっています…

 

下記内容のPDFファイルはこちら(8/27/2018に変更しました)↓ 

https://drive.google.com/file/d/1QDG_Ad5-dl8Mb61A3iNZp0YPNjfO7gaz/view?usp=sharing

 

田中美知太郎・松平千秋 『ギリシア語入門』解答案

 

注意1:長母音の上線とアクセント記号,或いは気息記号は同時に打てないので,アクセント記号・気息記号を優先しています。そのような語の後ろには «*» の記号を附しています(«τὰς»については省略しました)。

注意2:「その」「この」などは,定冠詞に関しては訳出せず,指示代名詞が用いられている場合のみ特に訳出しています。(文脈上あったほうが自然な場合はその限りではありません。)なお和文希訳の際に和文において「その」等があった場合は必ず指示代名詞で訳出します。また,複数形の訳出は多少曖昧になっていますのでご容赦ください。

注意3a (b) abが可換であることを示します。a (b) a でも a b でも構わないことを示します。

 

 

練習問題4

  1. あなたは書く。
  2. 我々は命ずる。
  3. あなた達(彼ら)2人は信ずる。
  4. 彼らは逃げるのか?
  5. あなた達は扉を閉める。
  6. 何故あなた達は逃げるのか?
  7. 私は言うのではなく,書くのである。
  8. 彼はどのようであるか?(彼の調子はどうか?)
  9. 彼は良い状態ではなく,悪い状態である。
  10. 彼は言うだけでなく,信じもするのである。

 

練習問題5

  1. πιστεύουσιν.
  2. κελεύετε.
  3. γράφει;
  4. τί κλείεις τὴν θύρᾱν ;
  5. ού μόνον γράφουσιν, ἀλλὰ καὶ λέγουσιν.

 

練習問題6

  1. その家々の中には扉がある。
  2. 彼らは暴力に屈する。
  3. その国の中に家々があった。
  4. 夕方には家の影は伸びる。
  5. 知慧は幸福の扉である。
  6. 家は扉を持っている。(家には扉がある)
  7. なぜあなた達は軍隊をその国へ送らないのか?
  8. 何故あなたは昼に家の扉を閉めるのか?
  9. 不正は災いをもたらす。
  10. 欲望は幸福を害する。

 

練習問題7

  1. ἔχει έν τῇ χώρᾳ τὴν οίκιᾱν.
  2. οὐκ εἴχει τῇ πίᾳ.
  3. ἄγομεν εἰς τὴν χώρᾱν τὴν στρατιάν*.
  4. τῆς ἡμέρᾱς οὐ ἡ τῶν οἰκιῶν σκιὰ* προτείνει.
  5. οὐ ἡ ἀδικίᾱ τὴν εὐδαιμονίᾱν φέρει, ἀλλὰ τὰς συμφοράς*.

 

練習問題8

  1. 勝利とは善いものだ。
  2. 知識は魂の糧である。
  3. 名声は徳の影である。
  4. 勇気は勝利の原因である。
  5. 彼女は美しい声を持っている。
  6. 森のなかで静寂は怖ろしい。
  7. あなた達は勇敢に苦悩と加害に耐える。
  8. 苦悩はしばしば快楽と欲望の罰である。
  9. 快楽の欲望はしばしば不正と不幸へと繋がる(導く)。
  10. 何故あなたは手紙を姉妹に書かないのか?
  11. しかし勝利は戦いの終りと平和の始まりをもたらす。

 

練習問題9

  1. ἡ τῆς ἀδελφῆς φωνὴ καλή.
  2. εἴχει πολλάκις ἡ δίκη τῇ ἀδικίᾳ.
  3. ἡ ἑσπέρᾱ τερευτὴ τῆς ἡμέρᾱς.
  4. φέρουσιν ἀνδρείως τὰς* λύπᾱς*.
  5. δεινὴ ἡ τῆς ἀδικίᾱς ζημίᾱ.

 

練習問題10

  1. あなたは導くだろう。
  2. 我々は説得するだろう。
  3. 彼らは残すだろう。
  4. あなた達(彼ら)二人は持つだろう。
  5. 我々は暴力に屈しないだろう。
  6. 明日我々は姉妹たちに手紙を送るだろう。
  7. あなたはアゴラの中へ軍隊を導くだろう。
  8. そこで彼らは家々の扉を閉めるだろう。
  9. あなた達は勇敢な守備隊を有するだろう。
  10. 村からあなたは守備隊を導かないだろう。

 

練習問題11

  1. γράψουσιν.
  2. ἐν τῇ οἰκίᾳ γράψει τὴν ἐπιστολήν.
  3. στρατιὰν* ἕξουσιν ἀγαθήν.
  4. ἐκ τῆς ἀγορᾶς πέμψει τὴν φυλακήν.
  5. ἱππεύσω οὖν εἰς τὴν χώρᾱν.

 

練習問題12

  1. 徳は名誉と名声とをもたらす。
  2. 我々は蜜蜂の勤勉に驚嘆する。
  3. 彼らは車の上にテーブルを導く(載せる)。
  4. お喋りの放埒は過失を生む。
  5. 姉妹は海際に家を持っている。
  6. 彼らは泉の傍にて美しい鞠で遊ぶ。
  7. テーブルの上にリュラがあった。
  8. 我々は名声ではなく真実に従って判断する。
  9. ミューズたちはリュラとキタラとを好む。
  10. 貧乏ではなく不正が心配の根である。

 

練習問題13

  1. θαυμάζουσι ταῖς τέχναις τῶν Μουςῶν.
  2. τί οὐ κρίνετε* κατ΄ ἀλήθειαν;
  3. τῑμὴ καὶ δόξα ταῖς ἀδελφαῖς άρέσκουσιν.
  4. χορεύουσιν οὐκ ἐν τῇ ὀρχήστρᾳ, ἀλλὰ ἐπὶ τῆς ἁμάξης.
  5. παρὰ τῇ θαλάττῃ παίζομεν σφαίραις.

 

練習問題14

  1. 詩人は知慧の故に名誉を持っている(尊敬されている)。
  2. 召使は主人の手紙をソフィストに与える。
  3. トゥーキューディデースとエウリーピデースはアナクサゴラースの弟子たちであった。
  4. 海の平穏は水夫たちですら気に入る(水夫たちですら海の平穏を気に入る)。
  5. 我々は立法化たちを恩恵者とみなす。
  6. ペルシアに対しての戦いは怖しい。
  7. 市民たちは兵士たちを信じない。
  8. 若者よ,なんと手紙の長いことか!
  9. 兵士たちよ,君たちは良い短剣を持っているな。
  10. 市民たちの敬虔,兵士たちの勇気,そして裁判官たちの正義の中に国家の安全が存在する。

 

練習問題15

  1. τῑμὴν ἔχουσιν οἱ πολῖται διὰ τῆν ἀνδρείαν.
  2. τῷ δεσπότῃ ἀνοίγουσιν οἱ οἰκέται τῆν θύρᾱν.
  3. ὡς θαυμαστὴ ἡ τοῦ ποιητοῦ σοφίᾱ.
  4. τοὺς στρατιώτᾱς νομίζεις τῶν πολῑτῶν εὐεργέτᾱς, ὦ ποιητά;
  5. τί οὐ πιστεύετε τοῖς σοφισταῖς, ὦ πολῖται;

 

練習問題16

  1. 我々は扉を叩いていた(叩こうとしていた)。
  2. 彼ら(私)はその国に軍隊を送らんとしていた;というのは,ペルシア人たちが近づきつつあったからだ。
  3. 何故あなたは家々の扉を閉めようとしなかったのか?
  4. 召使いはソフィストアゴラへと引率していた。
  5. しかし何故君は若者に手紙を書いていなかったのだ?
  6. 詩人は静かにしていることを好んでいた(静かにしていることは詩人の気に入っていた。)
  7. 主人たちは召使いたちを信じていたか?
  8. 果たしてあなた達は弟子たちの勤勉に驚嘆していたか(を称賛していたか)?
  9. その兵士は徳の故に名誉を持っていた(尊敬されていた)。
  10. 弟子たちは車の上にテーブルを導いていた(載せていた)。

 

練習問題17

  1. ἦγον τὸν Ἑλληωικὴν στρατιὰν* εἰς τὴν χώρᾱν.
  2. τίς χθές ἔκρουε τὴν τῆς οἰκίᾱς θύρᾱν;
  3. οἱ ἀκροᾱταί πρὸ τῆς οἰκίᾱς ἡσυχίᾱν ἦγον.
  4. ἠθέλον ἐπὶ τῆς σκηνῆς χορεύειν καὶ ἄδειν οἱ νεᾱνίαι.
  5. ἐγράφον ἐν τῇ οἰκίᾳ τῷ ποιητῇ τὴν ἐπιστολήν.

 

練習問題18

  1. 時は労苦の医者である。
  2. 奴隷たちは主人たちに仕える。
  3. 葡萄の木々は太陽を喜ぶ。
  4. 汝らは友人たちの言葉を信じないのか?
  5. アテーナイ人たちは諸法を石に記す。
  6. 我々は人間の性格を危険の中に識るのである。
  7. 汝は生活の労苦を知らない。
  8. 奴隷たちは畑から家へと収穫物を運んでいた。
  9. 農夫たちは畑と樹木の収穫物を労苦の報酬として得ていた。
  10. エジプト人達は太陽と月を神々とみなしていた。

 

練習問題19

  1. πιστεύοθσι τούς τοῦ διδασκάλου λόγους οἱ μαθηταί.
  2. παιδεύουσι τοὺς ἀνθρώπους οἰ νόμοι.
  3. θαθμάζουσιν τὰ τῶν θεῶν ἔργα οἱ ποιηταί.
  4. ποῖ φέρεις τοὺς τοῦ άγροῦ καρπούς, ὦ γεωργέ;
  5. οὐκ ἐνόμιζον τὸν ἥλιον θεὸν οἱ νεᾱνίαι.

 

練習問題20

  1. 長い道がアテーナイへ通じている。
  2. 魂は不死である。
  3. 哲学者アリストテレースは,一方では教育の根は苦く,他方でその果実は甘いのだと述べていた。
  4. 良い樹木は良い果実をもたらし,他方悪い樹木は悪い果実をもたらす。
  5. 汝らは恐ろしい危険から水夫たちを救っていた。
  6. ただ神々のみが憂いのない生活を送る。
  7. 我々は悪しき者に対しての戦争において神々を戦友として持つ。
  8. 君は貧乏を小さな(取るに足らない)災いとみなさないのか?
  9. ソフィストは徳が勤勉に値すると書いている。
  10. 神さえも正しい仕事を援助する。

 

練習問題21

  1. ὀρθίᾱ ὁδὸς φέρει τὴν χώρᾱν.
  2. ἐνόμιζον Εὐρῑπίδηντὸν τὸν ποιητὴν ἐῖναι σοφιστὴν οἱ πολῖται.
  3. τοῦ ἐπαίνου ἀξίᾱ ἠ τῶν μαθητῶν σπουδή.
  4. ἐν τῷ πολέμῳ (τῇ μάχῃ) συμμάχους ἕξουσιν τοὺς Ἀθηναῖους.
  5. νομίζουσιν καὶ οἱ νεᾱνίαι ὅτι ἡ ψῡχὴ ἐστὶν ἀθανάτος.

 

練習問題22

  1. アリステイデースは他のアテーナイ人たちより正義・節度・敬虔において優っていた。
  2. 善き者の魂は死後,浄福の島において暮らしていた。
  3. 川に沿って小さな村々があった。
  4. 夜明けに夷狄がアゴラへと侵入してきた。
  5. 狭い道が平野を通ってその村まで通じている。
  6. 一方で美しい人たちは美へと導くが,他方悪人たちは悪へと導く。
  7. 市民たちは勝利の故に祝宴を執り行っていた。
  8. 私はアテーナイから,先生の元から来た。
  9. 汝らは神々と共に若者達を恐ろしい危険から救うだろう。
  10. 神々さえも正しい人間たちを助けていた。

 

練習問題23

  1. αὔριον ἐν ταῖς κώμαις τὰς ἑορτὰς* ἄξουσιν.
  2. σὺν τοῖς στρατιώταις πρὸς τοὺς πολεμίους ὁ στρατηγὸς ἀφίππευε*.
  3. πρὸ τῆς οἰκίᾱς ἐχόρευον σὺν ταῖς ἀδελφαῖς.
  4. ἧσαν παρὰ τὸν ποταμὸν αἱ τῶν γεωργῶν οἰκίαι.
  5. ἐσυγκόμιζον οἱ οἰκέται τοὺς τῶν ἀγρῶν καρπούς.

 

練習問題24

  1. アポルローンは円盤によってヒュアキントスを殺した。
  2. 彼らは長い習慣を短い時間で廃止した。
  3. 将軍たちは兵士たちに敵を追うことを命じた。
  4. 汝らはすべての種類の動物達を神々に対して犠牲に捧げた。
  5. ソークラテースは涙とともに陪審員たちに嘆願するようなことはしなかった。
  6. 夕方に私は家の戸を叩いた。
  7. 君は徳が熱心な取り組みの価値があるということをソフィストから聞かなかったのかね?
  8. 我々はただ真実へとのみ視線を注いだのであった。
  9. 私は屢々若者の徳に驚いた。
  10. そしてダレイオスの息子クセルクセースはダレイオスの死後,ペルシア人たちを治めた。

 

練習問題25

  1. ἐκελεύσαμεν τοὺς οἰκέτᾱς φ΄ρειν τὴν τράπεζαν εἰς τὴν οἰκίᾱν.
  2. κατέλῡσαν τὰς γεφύρᾱς* ἐν μῑκρῷ κρόνῳ οἱ πολέμιοι.
  3. πρὸ τοῦ δείπνου ἐθύσαμεν* τοῖς θεοῖς.
  4. ἐθαύμασαν τὴν ἀνδρείᾱν τῶν Ἀθηναίων οἱ πολεμίοι.
  5. ἔπεμψε τοῖς στρατιώταις τοὺς μισθοὺς μετὰ τὴν μάχην ὁ στρατηγός.

 

練習問題26

  1. 私は人々に良いことを忠告したが,彼らは私の言葉を(結局)信じなかった。
  2. 我々は若者達が傲慢に振る舞うことを防止しきった。
  3. 教師は徳へ向けて弟子たちを教育しきった。
  4. 娘は長い手紙を書き終えていた。
  5. その人は将軍たちを悪く言っている。
  6. 市民たちは僭主をして支配を止めさせたのであった。
  7. 三十人会は祖国の諸法を廃止してしまっている。
  8. 水夫たちは今や祖国の神々に犠牲を捧げ終えている。
  9. 三十人会はアテーナイ人達を力ずくで支配し,今や民主政を廃止してしまっている。
  10. 我々は村々を通って海へ向けて敵を追った。

 

練習問題27

  1. γέγραφα ἤδη τῷ διδασκάλῳ τὴν ἐπιστολἠν.
  2. οὐ μόνον τὴν γέφῡραν ἀλλὰ καὶ τὰς οἰκίᾱς ἤδη κατελελύκεσαν οἱ βαρβάροι.
  3. πεπαύκαμεν ἤδη τοὺς πολεμίους τῆς μάκης.
  4. κακῶς πεπαιδεύκατε τοὺς νεᾱνίᾱς, ὧ Ἀθηναῖοι.
  5. τέθυκας ἤδη τοῖς θεοῖς;

 

練習問題28

  1. かの娘はなんと美しいことか。
  2. その行為は恥ずべきである。
  3. 召使いたちは畑からこの村へと収穫物を運んでいた。
  4. その若者は勇敢であり,しかしかの若者は役に立たない。
  5. その人はなんと恐ろしいことを言うのか;兎も角彼の言葉は恐ろしい。
  6. たとえ同じことについて書いていても,彼らは同じ思想を持っていなかった。
  7. その主人自らそれらの後に,その家へ奴隷たちが机を運ぶのを命じた。
  8. 我々はまさにその戸々のそばで彼に遭っていた。
  9. 同じ原因から常に同じことが結果として生じるわけではない。
  10. 将軍たち自らがかの神々に犠牲を捧げ終えている。

 

練習問題29

  1. ἐν τῇ ἐπιστολῇ τόδε γέγραφε οὗτος ὁ ποιητής.
  2. ἐκεπινοι οἱ στρατιῶται ἅμα τῇ ἡμέρᾳ ἐκ ταύτης τῆς κώμης ὲφευγον.
  3. ἐκέλευσε τοῦτον τὸν νεᾱωίαν τοῦτο πράττειν* ὁ διδάσκαλος αὐτος.
  4. οὐκ ἀεὶ ἔχομεν τὰς αὐτὰς* διαωοίᾱς περὶ τὰ αὐτά (ταὐτά).
  5. τῆς ἑσπέρᾱς ᾔδον καὶ ἐχόρευον πρὸ τῆς οἰκίᾱς αὐτῆς οἱ ωεᾱνίαι.

 

練習問題30

  1. 神々は次の2つのものを人々に与える;それは真実を言うことや善を為すことである。
  2. 神々は苦労なしには良いもののうちの何らも人々に与えない。
  3. 我々は悪に対して悪を以て報いる。
  4. 果たして汝らは国を侵されぬものとして子供たちに手渡さないのか?
  5. 何故君はその行為について言葉を与えないのか?(διὰの解釈がよくわかりませんでした)
  6. 兵士は戦いにおいて勇敢さの証を示す。
  7. 神は理性を与え,富は(それを)与えない。
  8. 汝らの持つ善きものの中から友人たちに分け与えよ;なぜなら友人たちのものは共通のものであるからだ。
  9. 人間たちは諸法を犯し,罰せられる。
  10. 各々の日に(毎日)神は人々に無数の善きものを与える。

 

練習問題31

  1. τὸ κάλον ῥόδον τῇ κόρῃ δίδωσι.
  2. δίδωσιν οὗτος τὸ δῶρον ὅδε ὁ ἄνθρωπος, οὐκ ἐκεῖνος.
  3. μεταδίδομεν τῶν ἡμετέρων ἀγαθῶν τοῖς ἄλλοις.
  4. ῥπάζουσιν οἱ κακοὶ στρατιῶται ταύτην τὴν χὠρᾱν καὶ δίκην διδόᾱσι.
  5. ἀποδιδόᾱσιν ἀντὶ κακοῦ ἀγαθὸν οἱ ἀγαθοί.

 

  • 163
  1. 一方で善人は心の良き宝庫から善を取り出し,他方悪人は心の悪しき宝庫から悪を取り出す。
    (参考[文語訳聖書]:善き人は心の善き倉より善きものを出し、惡しき人は惡しき倉より惡しき物を出す。)
  2. 神とは仁愛であり,そして神愛において留まるものは神においても留まる。そして神は自身の中にある。
    (参考[文語訳聖書]:神は愛なり、愛に居る者は神に居り、神も亦かれに居給ふ。)
  3. あなたたちはあなたたち自身のために宝を地の上に蓄えてはいけない,そこでは染みと腐食が損ない,そしてそこでは盗人たちが掘って忍び込み,盗み出す。しかるにあなた達自身のために宝を天に蓄えなさい。そこでは染みも腐食も損なわず,そしてそこでは盗人も掘って忍び込まず盗み出すこともない。というのもあなた達の宝があるところ,そこには心があるであろうからだ。
    (参考[文語訳聖書]:なんぢら己がために財寶を地に積むな、ここは蟲と錆とが損ひ、盜人うがちて盜むなり。なんぢら己がために財寶を天に積め、かしこは蟲と錆とが損はず、盜人うがちて盜まぬなり。なんぢの財寶のある所には、なんぢの心もあるべし。)

 

練習問題32

  1. 時間は人々にとって苦悩の医者である。
  2. 法とは国家の魂である。
  3. 神々にかけて我々は大地のどこの部分にいるのだろうか?―今や我々は村の近くにいるのだよ
  4. 私はこのことに対する責任がない;というのも,その時期には私はまだ子供であったからだ。
  5. かつて,一方では神々がおり,他方では死すべき者がいない時代があった。
  6. ナイルはエジプトの河である。
  7. 教育とは,一方で成功における飾りであり,他方で不成功における避難所である。
  8. 果たして汝は強くあるのか,若者よ?―確かに私は強くありますよ。
  9. その人は死に値すると彼は言うのである。
  10. 彼らは,ソフィストは手紙を書かないという(彼らはソフィストが手紙を書くということを否定する)。

 

練習問題33

  1. λύπης* αἰτίᾱ εἰσὶν πολλάκις αἱ ἡδοναί.
  2. ἦν ποτε χρόνος ὅτε ἄλῡπους βίους ἦγον ὡς θεοὶ οἱ ἄνθρωποι.
  3. φησὶ ἐκεῖνον ἄνθρωπον τουτῶν αἴτιον εἶναι ὁ δικαστής.
  4. θανάτου ἄξιοι οἱ προδόται οὗτοι εἰσίν.
  5. ἕτοιμοι ἐστέ, ὦ ναῦται;

 

練習問題34

  1. 彼らは今この時に何の祝宴を執り行うのですか?-客人よ,ヘーラー女神に捧げる祝宴を執り行うのですよ。
  2. 何故君はその娘に指輪を与えるのですか?-おかしな人だ,君に何の関係があるのだね?
  3. 誰が敗戦の原因を為すのか?-将軍と衆愚政治家が敗戦の責を為すのである。
  4. 彼らの言語は何ですか?まさか彼らは異邦人なのではないでしょうね。
  5. 客人よ,汝は何のためにこちらへ来られたのですか?-善き人々よ,私は汝らの視察のために来たのです。
  6. 程なくとある客人たちが宴会にやってくるだろう。-その客人たちとは誰ですか?
  7. 節度とは何であるか?-ある種の快楽と欲望の自制である。
  8. 今の戦争についてあなたはどんな意見を持っていますか?
  9. ソークラテースの告発者たちが一体何の言葉によって彼は死に値するということをアテーナイの人々に説き伏せきったのだと,クセノフォーンはしばしば驚いていたのであった。
    (注: «θαυμάζω» の語幹は «θαυμαδ-» であり,語幹がτ-黙音の場合は完了形を作る際それを落とすという音韻上の規則より(129), «ἐτεθαυμάκει» となっている)
  10. ある者が言っていた,「私は哲学に向いていない」と。ディオゲネースは言っていた,「では何故君は生きているのだね?」

 

練習問題35

  1. τίνι (τῷ) τούτων τῶν σοφιστῶν πιστεύετε;
  2. τίνι (τῷ) τόδε τὸ ῥόδον δίδως;
  3. τίνος (τοῦ) ἕνεκα ἥκουσι (ἧκον?) αἱ κόραι (παρθένοι);
    - θεωρίᾱς ἕνεκα ἥκουσι (ἧκον?) τῆς ἑορτῆς.
    (注:練習問題34に倣うと「行った」も現在形になりますが,未完了過去でもかまわないとは思われます。時制の違いには疎いので,もし間違いがあればご指摘ください。)
  4. τί δίκην δίδωσι οὗτος ὁ στρατηγός;
    - τῆς ἥττης γὰρ αἴτιός ἐστιν.
  5. τινὲς Ἀθηναῖοι φᾱσιν· «τοὺς νεᾱνίᾱς διαφθείρει ὁ Σωκράτης.»

 

練習問題36

  1. 敵は畑から収穫物を(自らのもとに)運び込む。
  2. 弟子よ,何故お前は悪行をやめないのだ?
  3. 人々はいつになっても戦争と戦いを止めないだろう。
  4. アレクサンドロスはキュドノス河へ行き,沐浴していた。
  5. 一方でまず第一に熟慮し,他方でそれから実行しなくてはならない。
  6. 激情を伴って躓かずに論議する者は誰もいない。
  7. 森で休息することは何と快きことであるか。
  8. ラケダイモン人たちは笛と共に出征していた。
  9. 我々は若者たちを大いに徳へと向けて教育するのである。
    (注:中動相は強意的として取っています)
  10. 我々は人々をその隷属から解放するであろう,そしてかの人々は自由を享受するであろう。

 

練習問題37

  1. παύσονται οὐ μετὰ πολὺν χρόνον τῆς μάχης οἱ πολέμιοι.
  2. ἀναπαύονται παρὰ τῇ θαλάττῃ τινὲς ναῦται.
  3. πρῶτον μὲν δεῖ τοῖς θεοῖς εὔχεσθαι, ἔπειτα δὲ τὴν τῶν πολεμίων χώρᾱν στρατεύεσθαι.
  4. οἱ ἄνθρωποι ἐν ἐκείνῷ τῷ χρόνῳ οὐ τῆς δοθλείᾱς, ἀλλὰ τῆς ἐλευθερίᾱς ἐγεύοντο.
  5. ἐβούλοντο ἐν τούτῳ τῷ ποταμῷ λούυεσθαι.

 

練習問題38

  1. その者たちは我々を愛し,我々もまた彼らを愛する。
  2. 神は汝に善きものを与える;この故に汝は彼を愛し,彼に仕えるであろう。
  3. 私に責任があるのではない。君にあるのだ。
  4. 私はあなたの弟子であり,そしてあなたは私の教師である。
  5. 君に子供はいるかね?-私には息子が一人いるよ。
  6. 君達は私達を説得しないだろう;というのも私達は君達を信じていないからだ。
  7. 我々にとって涙とは苦悩と悪に対する薬である。
  8. 異なった人々には異なった好みのものがある(人それぞれに好みがある)。一方で我々の(好みの)ものは我々を喜ばし,他方で汝らの(好みの)ものは汝らを喜ばす。
  9. 君の兄弟はどこにいますか?-兄弟は私と一緒に家で安静にしています。
  10. 私達は明日,祭りの見物のために君達のもとへと行くであろう。

 

練習問題39

  1. οὐχ ἡμεῖς ἐομεν, ἀλλ’ὑμεῖς*.
  2. τόνδε τὸν δακτύλιόν σοι, ὦ φίλᾱ παρθένε, παρέχω.
  3. χθές ἥξαν παρ’ἡμᾶς ἐπὶ δεῖπνόν τινες ξένοι.
  4. οἱ λόγοι σοῦ οὐ πείσουσιν ἡμᾶς.
  5. ἐμοὶ φίλον ἐστὶν τὸ ζῆν, σοὶ δὲ ὡς οὐδέν, ὦ ποιητά.

 

練習問題40

  1. 彼らは川で沐浴し,神々に犠牲を捧げた。
  2. 敵は悪事をやめた。
  3. あなたたちは何を議論しているのですか?―私たちは何も議論していない,議論し終えたのだ。
  4. 多くの日々にわたって,我々は病のために水浴をしていなかったのであった。
  5. 果たしてソフィストの言葉はまだ止まないのか?-それはいつまでも止まないだろう。
  6. 何故彼らは扉を閉めてしまっているのか?
  7. ソークラテースはデーリオン,アムピポリス市,ポテイダイ市へと三度出征した。
  8. 兵士たちは敵の国へと進軍した。
  9. 市民たちは,もし敵が彼らに向かってやってきたならば,門を閉めきってしまうだろう。
  10. その者はアテーナイ人に対しての戦争を喜んで止めてしまうだろう。

 

練習問題41

  1. ἆρ’οὔπω πέπανται τὴς κακουργίᾱς οὗτος ὁ νεᾱνίᾱς.
  2. ἐν τῷ ποταμῷ τρὶς ἐλουσάμην.
  3. οἱ πολῖται τᾱς τῶν ἑαυτῶν οἰκιῶν θύρᾱς ἐκλείσαντο. οἱ γὰρ βάρβαροι ἐπέλαζον πρὸς αὐτούς.
  4. Τοῖς θεοῖς ηὐξάμεθα, ἔπειτ’εστρατευσάμεθα εἰς τὴν πολεμίᾱν χώρᾱν.
  5. ἅμα τῇ ἡμέρᾳ τοῦ πόλεμου πεπαύσονται.

 

練習問題42

  1. 悪しき者たちは互いを傷つける(互いに害を与え合う)。
  2. 賢き人は自身の中に財産を携える。
  3. 使者たちは,将軍が自分たちを送り出すのだと語っている。
  4. 自分自身を知ることは,知慧の小さな一部分ではない。
  5. 真実の友においては互いに対しての羨みはない(真の友人たちは互いに羨む心を持っていない)。
  6. 我々が我々自身のものであること以上に我々のものであるところのものは何もない。
  7. それぞれの人が自らに正義があるように思われる(各人が自分では正しいと思っている)。
  8. 将軍は自身の市民からの賞賛を有するのである。
  9. 同じ物に同一な諸物は互いに同一である。
  10. 今や市民たち自らが,彼ら自身においての不幸の責任がある。

 

練習問題43

  1. φαινόμεθα ἡμῖν αὐτοῖς δίκαιοι.
  2. ὑμῖν* σθμβοθλεύω, ὦ πολῖται, πιστεύοις ἀλλήλοις.
  3. ἐν τῇ μάχῃ ἀποκτείνονται ἀλλήλους οἱ ἀνθρώποι.
    注:相互のニュアンスを出すために中道相にしましたが,能動相(ἀποκτείνουσιν)でもいいと思われます。
  4. ἐν τοῖς ἑαυτοῦ φόλοις τῑμὴν ἔχει.
  5. ταῖς κόραις φθόνος ἐστι πρὸς ἀλλήλᾱς.

 

練習問題44

  1. お喋りは今や多くの者を破滅へと導いた。
  2. 彼らはよその部族から外国の神々を導入した。
  3. そのものは戦闘において武器を投げ捨て,そして一方では死を逃れたが,他方では恥辱を逃れなかった。
  4. どの人も苦悩なしに人生を送ることはできない。
  5. スパルタ人にとって戦列を離れ去ることと戦いから逃れることは最も恥ずべきことであった。
  6. 彼は村人たちが村を立ち退くことを強いた。(彼は村人たちに村を立ち退くことを強いた。)
    (注:対格不定法で訳したのを第一義にしていますが, «ἀναγκάζω» する対象は対格になるので括弧内でも問題ないはずです。)
  7. (彼ら)は家に,あなたに似ている息子を残した。
  8. 僭主は死に,そして5日間の無法律があった。
  9. 兵士たちは穀物と葡萄酒に満ちた多くの村々を川沿いに発見した。彼らはその場所に3日間滞在し,糧秣を補充していた。
  10. 一方で彼らの内或る者たちは川にすぐ落ち,他方で他の者たちは逃れた。

 

練習問題45

  1. οἱ στρατητὸς ἐν τῇ κώμῃ τὴν φυλακὴν κατέλιπε καὶ εὐθὺς εἰς τὴν τῶν πολεμίων (πολέμιᾱν) χώμην τὴν στρατιὰν* ἠγαγε.
  2. ἐν τῇ μάχῃ ἔπεσεν ὁ έμὸς (ἐμοῦ, μοῦ) ἀδελφός.
  3. κελεύομεν ὑμᾶς εὐθὺς τὰς οἰκίᾱς καταλιπεῖν.
    (注: «κελεύω» は練習問題44-6と同様になります。)
  4. νομίζουσι ῶς αἴσχιστόν ἐστιν τὴν τάξιν ἀπολιπεῖν.
  5. οἱ μὲν ἀυτωον ἔφυγον, οἱ δὲ ἄλλοι ἀπέθανον.

(注:今回不定法を用いるべき状況は完了を主眼においているためアオリストを用いています。例:「退去することを命じる」=「退去し終えることを命じる」)

 

練習問題46

  1. 我々は水浴するよう命じられた。
  2. もし子供が水浴しなければ,私によって水浴させられるだろう。
  3. 夜明けまでに戸が閉められるだろう;というのも敵が近くにいるからだ。
  4. 夕方に家の戸が誰かに叩かれた。
  5. テミストクレースは彼が子供であった時に教師に驚かれていた。
  6. 敗戦の後,祖国の諸法は三十人政権(三十人僭主)によって廃止された。
  7. 古の人々のもとでは,時に人間が神々に対して犠牲に捧げられていた。
  8. 将軍は顔に向けて弓で射られ,死んだ。
  9. 詩人は最もよく哲学へと教育を済ませられている。
  10. 果たして手紙はあなたによって書き終えられたのか?―見よ,私は既にそれを書き終えているよ。

 

練習問題47

  1. ἐκλείσθη ἡ τῆς οἰκίᾱς θύρᾱ ὑπὸ τοῦ δούλου.
  2. εἰς τὴν ἀγορὰν* οἱ μαθηταὶ ἀχθήσονται ὑπὸ τοῦ διδασκάλου.
  3. ὅτε παῖς ἦν, ἐλουόμην ὑπο τούτοθ δοῦλου.
  4. ἐκελεύθην τοὺς πολεμίους διώκειν ὐπο τοῦ στρατηγοῦ.
  5. ἆρ’ αὕτη ἐπιστολὴ (ἤδη) λέλῡται τῇ ποιητῇ (ὑπο τοῦ ποιητοῦ);

(下書きのイオータが見づらいので下線を引いていませんが,「詩人」は可換です。)

 

練習問題48

  1. 馬は鞭で以て駆られている。
  2. オリーブ油は人々の髪にとって有用である。
  3. 私は追従者から逃れる;というのも彼らは欺くからである。
  4. トラキア人達は野蛮かつ好戦的であった。
  5. クセルクセース王は海を鞭で以て打つように命じていた。
  6. ホメーロスはパイアークス人たちとエチオピア人たちの平和を褒めている。
  7. 山羊たちは岩の上で走っている。
  8. 将軍は戦線を支配する;他方で戦線は将軍に従っているのである。(将軍は重装歩兵を統率する;他方で重装歩兵は将軍に従っているのである。)
  9. 伝令の言葉は恐ろしい。
  10. キュクロープスの島には多くの山羊と羊がいた。

 

練習問題49

  1. ὁ διδάσκαλος τοὺς κακοὺς μαθητοὺς τῇ μάστῑγι κολάζει.
  2. εἰς τὴν διῶρῡχα ἔπεσε ὁ παῖς.
  3. οὐ πιστεύουσι τοῖς κόλαξι οἱ δίκαιοι ἄνθρωποι.
  4. ἐν τῇ τῶν Φαιάκων* ωήσῳ αἱ παρθένοι ἦσαν πολλαὶ καὶ καλαί.
  5. ἀπὸ τῶν κλωπῶν φυλάττει αἶγας καὶ πρόβατα οὗτος νεᾱνίᾱς.

 

練習問題50

  1. 今日私は君たちを饗応する。
  2. ラケダイモン人たちは祖国の方を未だ尚利用している。
  3. 私たちはかの人に,何故私たちと友人づきあいすることを望んでいるのかと訪ねた。
  4. 市民たちは徳と知慧故に立法者を著しく尊敬していた。
  5. 将軍よ,市民たちは敗戦の故に君を攻めているのだ。敗戦の故に君は責められるのだ。
  6. あなた達にとっても私達にとっても最善のことを忠告しようと私は試みるのである。
  7. 兄弟が死んだので,娘は父祖から受け継いだ財産を持っていた。
  8. 我々は祝宴を観て,そして町の方へと家路についていた。
  9. かの人々はまずい計画によって敗れたのであり,敵の勇敢さによって敗れたのではなかった。

(注:「勝たれる」=「敗れる」)

  1. ヘーラクレースはアテーナイ人たちのもとで神の如く尊敬されていたのであった。

 

練習問題51

  1. ἑστιᾱθήσεσθε ὑπὸ τῶν πολῑτῶν.
  2. ᾐτιάσαντο* τὸν στρατηγὸν τῆς ἥττης.
  3. οἱ Ἀθηναῖοι ἐνῑκήθησαν ὑπὸ τῶν Λακεδαιμονίων.
  4. ἐπειρᾶτο τοὺς πολίτᾱς* πείθειν.
  5. τήμερον θεασόμεθα τὴν τῶν Ἀθηναίων ἑορτήν.

 

練習問題52

  1. その人は死に値する;というのも彼は祖国に敵対しているのだ。
  2. 戦争は今の面倒事の原因である。
  3. 金銭の困窮の故に,アゴラにいる人々は困っている。
  4. ゼウスにかけて,昨日私はある笑うべきことを被ったのだ;というのも私は自分の名前を忘れたのだよ。
  5. 一方で親切は親切を生み,他方で争いは争いを生む。
  6. 将軍たちは勝利の希望を兵士たちの勇敢さの中に持っていた。
  7. 若者達は老人たちの忠告に耳を傾けるだろう。
  8. 人々は不運の中で希望にすがる。
  9. 空しき望みよ,汝らは人々の魂を欺くのだ。
  10. 私たちは爪から獅子を,歌から鶯を,言葉から追従者を,声から伝令を,仕業から神を知るのである。

 

練習問題53

  1. πράγματα* εἴχον διὰ τὴν τῶν χρημάτων ἀπορίᾱν.
  2. ὦ νεᾱνίᾱ, ἔχεις τὰς κενὰς* ἐλπίδᾱς.
  3. παρ’ἡμῖν τῑμὴν ἔχουσιν οἱ γέροντες.
  4. Γιγνώσκω ἐξ ᾠδῆς ἀηδόνα τοῦτον τὸν (ταύτην τὴν) ὄρνῑθα.
  5. Ἀνακρέων ὁ ποιητής ἀεὶ τοὺς ἔρωτας καὶ τοὺς οἴνους ᾖδε.
    (注: «ἀεὶ» の «ἀ» は長音)

 

練習問題54

  1. 一方で私達は善き市民たちを尊重するのであり,他方で悪しき市民たちを軽蔑するのである。
  2. 賢き人は後悔することはせず,備えるのである。
  3. 一方で彼らは真実を愛しているように見え,他方で真に愛しているのではないのだ。
  4. 勇気を持つこととは勝利することへの第一歩である。
  5. 愛は汝の魂を盲目にする。
  6. 何の故に市民たちは今日集会を開いていたのかね?
  7. 黄金は人々の魂を顕す(明らかにする)。
  8. 我々は神と共にあって何も惑わないであろう。
  9. 狐と鴉についての寓話は,鴉を信ずるべきではないということを顕す。
  10. もし害し害されることが必然ならば,私は害するよりも寧ろ害されることを選ぶのである。

 

練習問題55

  1. ὁ διδάσκαλος τῑμὴν ἔχει καὶ φιλεῖται ὑπὸ τῶν μαθητῶν.
  2. χρῡσὸς πολλάκις καὶ τὰς τῶν δικαίων (ἀνθρώπῶν) ψῡχὰς* τθφλοι.
  3. αὔριον τὴν ἐκκλησίᾱν ποιήσομεν.
  4. δὶα τί τοιοῦτο ἐποιήσας;
  5. ἐκέλευσε τοὺς στρατιώτᾱς μὴ φοβεῖσθαι τοὺς πολεμίους ἀλλὰ θαρρεῖν.

 

  • 288

「リュラへ」

私はアトレウスの子について語りたいと思う,

そしてカドモスのことを歌いたいと思う。

しかし竪琴は弦で

愛の神のことしか響かせない。

近頃私は弦とリュラを全て取り替えた,

そして一方で苦闘を歌ったのである,

それはヘーラクレースの苦闘,他方でリュラは

愛を響かせるのである。

今後我々に機嫌よくあれ(さらば),

英雄たちよ;何故ならばリュラは

愛の神のことしか歌わないのだから。

(注:一応ヘーラクレースの行以外は各行対訳です。)

 

練習問題56

  1. スパルタ人たちは武器においてよく訓練されていたのであった。
  2. 魂は不死であると彼は信じていたのであった。
  3. 不運にあっては君に僅かな友人が残されるだろう(しか残されないだろう)。
  4. 若者よ,君は悪人たちによって説き伏せられてしまったのだよ。
  5. ドラコンの法は血を以て書かれていたのであった。
  6. アテーナイ人のデーモスは非常に多くの時間を自由の中で育てられたのである。
  7. 未来のことは,賢明にも神々によって人々に隠されていたのである。
  8. カルデア人のある者たちは,戦争で生計を立てるのが習わしであった。
  9. 子供は家の方へ連れて行かれた。
  10. そのことは賢者によって述べられた。

 

練習問題57

  1. αὕτη ἡ ἐπιστολὴ αἱματι ἐγεγραπτο.
  2. ποῦ ταῦτα τὰ δῶρα κεκρυπται (κεκρυμμένα εἰσί);
    (注:中性複数名詞は3人称単数形の動詞を取る傾向にあります。なお,括弧内に示した現在完了中受動相分詞中性複数形κεκρυμμέναはκε-κρυπτ-μενα→(τ+μ=σμ)→
    κεκρυπσμενα→(二子音間の-σ-の脱落)→κε-κρυπμενα→(π+μ=μμ)→κε-κρυμμεναという行程から生じます。)
  3. οἱ στρατιῶται (ἤδη) ἐις τὰς Ἀθήνᾱς ἠγμένοι ἦσαν.
  4. εἰθίσμεθα καὶ ἐν τῇ σθμφορᾷ θαρρεῖν.
  5. ἐπέπειστο θεὸν τὸν ἥλιον.

 

練習問題58

  1. 万物の尺度は人間である。
  2. アテーナイ人たちはペロポンネーソス軍と一晩中戦っていた:というのも月が輝いていたからだ。
  3. 人々はしばしば心にもなく間違いを犯す。
  4. 全ての人々に理性があるわけではない。
  5. 時間はあらゆる苦悩の医師であると詩人は言っていた。
  6. ドラコンの成文法では,全ての罪に対して一つの罰,すなわち死罪が定められていた。
  7. サラミスにおける海戦は,戦争全体の転機を成した。
  8. 全ての動物は死すべきである;ところで全ての人間は動物である;従って全ての人間は死すべきである。
  9. 自然は全ての人間に見事な贈り物を与えるわけではない。
  10. イーフィゲネイアよ,汝はギリシア全土のために心にもなく死ぬではないのだ。

 

練習問題59

  1. πάσᾱς* τὰς τῶν οἰκιῶν θύρᾱς ἐκλείσεν.
  2. πᾶσι τοῖς μαθηταῖς δῶρα χαρίεντα δίδωσι.
  3. οῦκ ἡδέως τοιοῦτο ἐποιήσαμεν.
  4. οἱ στρατιῶται ἄκοντες* τῇ στρατιᾷ πολεμίᾳ ἐμάχοντο.
  5. πᾶσαι αἱ Μοῦσαι τῇ ᾠδῇ τέρπονται.

 

続く

 

(編集ログ)

2018年8月27日:諸事情あってリンク先を変更しました。本編の更新がなくて申し訳ありませんが,少し落ち着いたらやります。

2018年1月21日:練習問題58,59(第31課)を追加しました。

2017年12月27日:練習問題56,57(第30課)を追加しました。だんだん難しくなってきた。

2017年12月25日:練習問題52,53(第28課),並びに54,55(第29課),加えて§288(アナクレオーン風歌謡)を追加しました。

2017年12月16日:練習問題48,49(第26課),並びに50,51(第27課)を追加しました。

2017年12月15日:練習問題46,47(第25課)を追加しました。凡例に則り多少全体を書き換えてます。

2017年12月12日:練習問題44,45(第24課)を追加しました。今回からテキストをそのまま貼り付けていますが,PDFファイルも毎回更新してます。

2017年12月10日:練習問題42,43(第23課)を追加しました。

2017年12月9日:練習問題40,41(第22課)を追加しました。

2017年12月8日:練習問題38,39(第21課)を追加しました。

2017年12月2日:練習問題34-9で過去完了の訳出の問題点についてご指摘を頂き,訂正しました。ありがとうございます。

2017年12月1日:練習問題36,37(第20課)を追加しました。

2017年11月30日:練習問題34,35(第19課)を追加しました。今回からギリシア語をNew Athena Unicordに変更しました。もし見づらさがあれば戻します。

2017年11月28日:すごく久々ですが練習問題32,33(第18課)を追加しました。少しずつまた増やしていけるよう頑張ります。

2017年4月25日:講読の授業が忙しくなったので一旦中断します...

2017年3月10日:練習問題30,31(第16課)ならびに§163(第17課)を追加しました。

2017年3月9日:練習問題28,29(第15課)を追加しました。果たして終わるのでしょうか。

2017年3月1日:練習問題26,27(第14課)を追加しました。

2017年2月27日:動詞のアクセントの後退性をすっかり忘れてました。一通り直しましたけどまだある気がします。練習問題24,25(第13課)を追加しました。

2017年2月23日:練習問題20~23(第11, 12課)を追加しました。注意書きを加筆しました。

2017年2月22日:練習問題18,19(第10課)を追加しました。注意書きを加筆しました。練習問題15-3,「詩人のποιητοῦ」が何故か「市民のπολῖτου」になってたので直しました;15-4 "πολῑτῶν εὐεργέτᾱς"は定冠詞を取るべきな気がしたので外したのと,スペルミスを直しました;17-2 "θύρᾱν"のアクセント位置がおかしかったので直しました;17-3 "ἡσυχίᾱν"に余計な曲アクセントがあったので削除し,"ἦγον"が誤って鋭アクセントになっていたので直しました。

2017年2月21日:院試に受かったので再開します。とりあえず今日は訂正だけ;練習問題11-4で,プロクリティック"ἐκ"に誤って鋭アクセントを付けていたのと,"πέμψει"に鋭アクセントを付け忘れていたこと,13-5で"παρὰ"の重アクセントを鋭アクセントにしてしまっていたのを修正しました。

2016年10月21日現在:ちゃんと生きてます。が、卒論と院試でギリシア語に時間が割けなくなりました…続きは2月後半までお待ちください…

2016年8月5日:練習問題14~17(第8,9課)を追加。注意書きを修正。

2016年8月2日:練習問題12~13(第7課)を追加;練習問題5(3)を疑問形にしていなかったのを訂正し,(4)の"?"を";"にする

2016年7月31日:練習問題4~11(第3~6課)まで作成

ご挨拶

はじめまして。

 

私は西洋古代史の研究者を目指している大学院生です。

このブログは,端的に申し上げると,私が勉強したものの備忘録にしようという個人的目的3割,何かのデータベース的なものを自分で作ってみたいという野望7割から成り立っています。まだ23ですし,50年くらい続けていればそこそこの規模になるのではないかというあれです。

 

さて,内容ですが,具体的には

・古典資料(ラテン語ギリシア語)を復習がてら和訳します。

・その他何かします。

 

内容,更新ペースなどは非常にまちまちになるかと思われます。

 

私がここに掲載する訳のうち一部は,意図的に元の言語の単語活用が浮かび上がるようにしています。すなわち,対格は「~を」,受動型は「~される」のようにいちいちその通りに訳しています。一応見返したとき翻訳のプロセスがわかるようにということです。そういうわけですので,ここの訳は洗練とは程遠く,直訳の結果不自然な日本語のオンパレードになっています(受験英語とかなら一瞬ではねられてますね)。

すでに邦訳が出版されているものは,訳読の際,私自身がそれをこっそり参照していますので,恐らく内容自体は概ね正確(なはず)です。そのようなものは各記事の末尾にその本の書誌情報を掲載しております。

出版されていないものについては,一応授業とかで致命的な聞き漏らしをしていない限り大丈夫だとは思いますが,信頼性はガクッと落ちることになります。

 

基本的に私が訳したものをゼミ等に持ち込んで,議論を経たものを載っけています。すなわち,皆さんが「良いな」と思われた部分は全て他のゼミ参加者が訳したものをこっそり拝借したものでしょうし,「これは良くないな」と思われたところは多分私の訳です。

 

さて,まず根本的な問題として,文章を訳している私は完全に初学者です。大小様々な誤訳,知識の不足・誤りは常に存在すると思われます。何かご縁がありこれらを読んでくださった方,ぜひ訂正等のご指摘頂けますと(野望の達成に力を貸していただけますと)幸いです。

 

より起こりにくいこととは思いますが,万一各記事をご覧になって何らかの参考としてお役に立てるようなことがありましたら,これまた幸いです。