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scriniarius Togawanus

復習がてら古典作品の対訳を書くだけです。

"Alcibiades" in Nepos, C. "De excellentibus ducibus exterarum gentium"

今回はネポスによるアルキビアデスの伝記を扱います。

 

Chapter1

 

Alcibiades, Cliniae filius, Atheniensis.

クリニアの息子,アルキビアデスはアテナイ人である。

 

In hoc quid natura efficere possit, videtur experta.

この人において自然が何を成し遂げられるか,【+自然は】試したように思われる。

 

constat enim inter omnes, qui de eo memoriae prodiderunt, nihil illo fuisse excellentius vel in vitiis vel in virtutibus.

というのも彼について記録を残した【or記憶した】全ての人々の間で,悪徳においても美徳においても彼より卓越した者がいたことは決してないことが知られているからだ。

 

Natus in amplissima civitate summo genere, omnium aetatis suae multo formosissimus, ad omnes res aptus consiliique plenus (namque imperator fuit summus et mari et terra, disertus, ut in primis dicendo valeret, quod tanta erat commendatio oris atque orationis, ut nemo ei [dicendo] posset resistere), dives;

最も有名な都市において最上の家門から生まれ,彼の世代のすべての人の家で最も美しく,全てのことについて適格で豊かな賢察の人であり(というのも海と陸において至上の最高指揮官であり,そして雄弁で,それ故に発言されること【⇒演説】において第一人者の中でも力があり,これ程のものは外見やさらに発言の推薦【⇒魅力】があり,誰も[発言されること]について抵抗することができないほどであったからである),裕福であった;

 

cum tempus posceret, laboriosus, patiens;

状況が要求していた時は,勤勉で,辛抱強かった;

 

liberalis, splendidus non minus in vita quam victu;

公的生活でも生き方に劣らず気前が良く,華麗であった;

 

affabilis, blandus temporibus callidissime serviens:

丁寧で,優雅で,状況に巧みに従う【+人物であった】:

 

idem, simulac se remiserat neque causa suberat, quare animi laborem perferret, luxuriosus, dissolutus, libidinosus, intemperans reperiebatur, ut omnes admirarentur in uno homine tantem esse dissimilitudinem tamque diversam naturam:

一方で,彼も自身を緩ませ【or 気を緩ませ】,知の労働を耐える理由が無くなるや否や,放蕩で,軽薄で,自制,節度のない姿を目撃されており,それゆえ一人の人間においてこれほど多様で異なった性質があることに皆が驚くほどであった。

 

(原文における校訂記号は和訳において全角記号で対応,【】は私が挿入した注釈です。邦訳が国文社の「叢書アレクサンドリア図書館」シリーズで出ており,それも参考にしましたが,あくまで拙訳です。)

 

 

ネポスが著した『英雄伝』(De excellentibus ducibus exterarum gentium(「外国の名将たち」))で取り扱われた人物の一人,アテナイの将軍Alcibiadesについての伝記をしばらく訳していきます。

この部分は為人の紹介にあたります。

4つ目の訳が微妙ですね。

 

【参考文献】

Roebuck, R. (ed.) (1987) Nepos: Three Lives, Bristol Classical Press, p.16 (ラテン文もこれを使用)

上村健二,山下太郎訳(1995)『英雄伝』,国文社,45頁

 

Chapter2

 

Educatus est in domo Pericli (privignus enim eius fuisse dicitur), eruditus a Socrate.

ペリクレスの家で養育され(というのも彼の継子であったと言われているからだ),ソクラテスから教えを受けた。

 

socerum habuit Hipponicum, omnium Graeca lingua loquentium ditissimum, ut, si ipse fingere vellet, neque plura bona reminisci neque maiora posset consequi, quam vel natura vel fortuna tribueret.

ヒッポニクスを義父に持ったが,彼【=ヒッポニクス】は全てのギリシア語話者の中で最も富んでおり,それ故,たとえ彼が自身を自身で詐称しようと欲しても,自然或いは運が贈った以上の,よりよい恩恵を考えつくこともそれ以上のものを得ることもできないのであった。

 

Ineunte adulescentia amatus est a multis amore Graecorum, in eis Socrate;

青年期が始まると彼は多くのギリシア式の愛を以って愛され,その中にソクラテスもいた;

 

de quo mentionem facit Plato in symposio.

これについてはプラトンが「饗宴Symposium」において記述している。

 

Namque eum induxit commemorantem se pernoctasse cum Socrate neque aliter ab eo surresxisse, ac filius a parente debuerit.

確かに【+プラトンは】彼のことを言及し【⇒彼を登場させ】ソクラテスと一夜を過ごしたこと,【+だがしかし】息子が父の元からそうせねばならないのと同様にそこから身を起こしたことを彼【=アルキビアデス】自身【+の発言?】として引用したのである。

 

posteaquam robustior est factus, non minus multos amavit;

彼はさらに成長してからも,劣らず多くの男達を愛した;

 

in quorum amore, quoad licitum est odiosa, multa delicate iocoseque fecit, quae referremus, nisi maiora potiora haberemus.

その愛において,彼は忌まわしい行為を許された限り,多くのことを優美さと機知を以って行った;より重要なものを【+彼の人生が】含んでいないなら,我々はそのことを記述していた。

 

 

彼の生い立ちが簡潔に記されています。彼がペリクレスの継子であったとありますが,実際は後見人とはいえ,単なる親戚であったようです。

5つ目と7つ目が要訂正な気がします。

 

【参考文献】

Roebuck, R. (ed.) (1987) Nepos: Three Lives, Bristol Classical Press, p.17. (ラテン文もこれを使用)

上村健二,山下太郎訳(1995)『英雄伝』,国文社,45-46頁

 

Chapter3

 

Bello Peloponnesio huius consilio atque auctoritate Athenienses bellum Syracusanis indixerunt;

ペロポネソス戦争において,この人【=アルキビアデス】の助言とそれに加えて勧告に従って,アテナイ人はシュラクサ人たちに戦争を布告した【⇒宣戦布告した】;

 

ad quod gerendum ipse dux delectus est, duo praeterea collegae dati, Nicia et Lamachum.

これ【=戦争】を実行することに向けて,彼自身が指導者【=将軍】に選ばれ,加えて2人の同僚,ニキアスとラマクスが【+彼に】委ねられた。

 

Id cum appararetur, priusquam classis exiret, accidit, ut una nocte omnes Hermae, qui in oppido erant Athenis, deicerentur praeter unum, qui ante ianuam erat Andocidi.

それ【=戦争】が準備されている間に,艦隊が出発するより以前に,アテナイのオッピドゥム【=城市】内にあった全てのヘルメス神の柱が,アンドキデスの家の前にあった一つを除いて,全て倒されるということが起こった。

 

Itaque ille postea Mercurius Andocidi vocitatus est.

それ故,それ【=唯一倒されなかった柱】はその後アンドキデスのメルクリウス【=ヘルメス】と称された。

 

Hoc cum appareret non sine magna multorum consensione esse factum, quae non ad privatam, sed publicam rem pertineret, magnus multitudini timor est iniectus, ne qua repentina vis in civitate exsisteret, quae libertatem opprimeret populi.

このことが非常に多くの人々の一致なしには実現されないことが明らかになったので,それは私個人ではなく国家を標的としたものであり,人民の自由を抑圧する,都市内での突然の暴力が生じるのではないかという恐怖が多くの群衆において引き起こされた。

 

Hoc maxime convenire in Alcibiadem videbatur, quod et potentior et moior quam privatus existimabatur.

このことはアルキビアデスにおいて極めて合致するように思われていた;なぜなら彼は【+単なる】一個人よりも影響力があり能力が高いと評価されていたからだ。

 

Multos enim liberalitate devinxerat, plures etiam opera forensi suos reddiderat.

というのも【or実際】彼は気前の良さによって【+人々を】従わせ,更に多く【+の人々】を司法における労苦によって自らのものにしていたのであった。

 

Qua re fiebat, ut omnium oculos, quotienscumque in publicum prodisset, ad se converteret neque ei par quisquam in civitate poneretur.

それ故に,彼は公の場に何度現れても全ての人々の目を自分に向けさせ,市民の中で彼に匹敵するとみなされるものはいないということになっていた。

 

Itaque non solum spem in eo habebant maximam, sed etiam timorem, quod et obesse plurimum et prodesse poterat.

それ故,彼は非常に多くの害を為すことも益を為すこともできたので,人々は多大な期待を彼において抱くだけでなく,不安もまた抱いていた。

 

Aspergebatur etiam infamia, quod in domo sua facere mysteria dicebatur;

そのうえ,自らの家の中で密教を行っていると言われていたという悪評を以って,彼【+の名誉】は汚されていた;

 

quod nefas erat more Atheniensium, idque non ad religionem, sed ad cojurationem pertinere existimabatur.

そのことはアテナイ人の慣習においては瀆神であり,さらにそれは宗教ではなく,共謀に関わるものとして判断されていたのである。

 

 

このアルキビアデスに関わる記述は,ネポスの時代のローマを反映していると言われています。例えば司法における援助といった記述は確かに古典期アテナイでは生じ得ない関係と言えるでしょう。具体的にはカテリーナの陰謀事件が照射されているそうです。

また,ヘルメス神の柱の事件も多少史実とは異なっているそうで,実際は倒されたのではなく,像の突起物を折られた,という事件だそうです。

機会があればこれに関する別の資料も見てみたいものです。

 

【参考文献】

Roebuck, R. (ed.) (1987) Nepos: Three Lives, Bristol Classical Press, p.17sq. (ラテン文もこれを使用)

上村健二,山下太郎訳(1995)『英雄伝』,国文社,46-47頁

 

Chapter4

 

 Hoc crimine in contione ab inimicis compellabatur.

民会におけるこの告発によって,彼は敵対者から訴えられた。

 

sed instabat tempus ad bellum proficiscendi.

だが戦争へと旅立つ時が迫っていた。

 

Id ille intuens neque ignorans civium suorum consuetudinem postulabat, si quid de se agi vellent, potius de praesente quaestio haberetur, quam absens invidiae crimine accusaretur.

彼はそのことを考慮し,そこ【=アテナイ】の市民たちの風習についても無知でなかったので,もし彼自身【=アルキビアデス】が訴えられることを彼ら【=アテナイ市民】が望むなら,嫉妬の告発を不在中ではなく,むしろ自分がいる間に審問が挙行されるように要求した。

 

animici vero eius quiescendum in praesenti, quia noceri non posse intellegebant, et illud tempus exspectandum decreverunt, quo exisset, ut absentem aggrederentur;

しかし彼の敵対者は,彼に害を為すことができないとみなしたため,目下静観しようとし,そして,彼が不在の時に攻撃するために,その時ーそこにおいて彼が出発したーが待たれることを決定した;

 

itaque fecerunt.

そしてそのように実行した。

 

Nam postquam in Siciliam eum pervenisse crediderunt, absentem, quod sacra violasset, reum fecerunt.

すなわち彼らは,彼がシチリアに至ったと考えた時,不在者を,神聖な事柄を冒涜したという理由で,有罪と為したのである。

 

Qua de re cum ei nuntius a magistratu in Siciliam missus esset, ut domum ad causam discendam rediret, esset que in magna spe provinciae bene administrandae, non parere noluit et in trierem, quae ad eum erat deportandum missa, ascendit.

この事柄によって,経られるであろう訴訟のために本国へ戻るようにと,行政長官からシチリアにいる彼に使者が送られ,【+一方で】また,彼が担当領域がよく統治される大きな希望の中にあったとき,彼は【+命令に】従わないことを欲さず,彼を載せるために送られてきた三段櫂船に乗り込んだ。

 

Hac Thurios in Italiam pervectus, multa secum reputans de immoderata civium suorum licentia crudelitateque erga nobiles, utillissimum ratus impendentem eritare tempestatem clam se ab custodibus subduxit et inde primum Elidem, dein Thebas venit.

この船によって彼はイタリアのトゥリイに送られ,自分の市民たちの制限のない身勝手さと卓越した人に関しての残酷さを何度も自身の中で省察し,自分に迫ってくる嵐を避けるのが最も良いと考え,密かに守衛たちのもとから抜け出し,そしてまずエリスへ,ついでテーバエに向かった。

 

Postquam autem se capitis damnatum bonis publicatis audivit et, id quod usu venerat, Eumolpidas sacerdotes a populo coactos, ut se decvoverent, eiusque devotionis, quo testatior esset memoria, exemplum in pila lapidea incisum esse positum in publico, Lacedaemonem demigravit.

しかし彼が自身において死刑の宣告を受け財産を国庫へ没収されたと聞くと,また,それ【=神官団が呪ったこと】は実際に起った【=前例のある】ことだが,彼を呪うように,エウモルピダイという神官たちが人々によって強制され,そしてこの行動【=以下で述べる石柱を立てる行為】によって記憶がより明確になるように,【+呪いの】写しが石柱に刻まれて公共の場に置かれたのを聞くと,ラケダイモンへと逃げた。

(capitis:罪状の属格,quo=ut eo)

 

Ibi, ut ipse praedicare consuerat, non adversus patriam, sed inimicos suos bellum gessit, qui eidem hostes essent civitati:

そこで,彼はいつも述べていた通り,祖国に敵対するではなく,彼の敵に対して,同じ者たちが国家の敵であるとして,戦いを行った:

(essent:間接引用の接続法副文)

 

nam cum intellegerent se plurimum prodesse posse rei publicae, ex ea eiecisse plusque irae suae quam utilitati communi paruisse.

すなわち彼が国家のために非常に役に立つことができるということを知っていながら,彼を追い出したこと,つまり公共の利益よりも自分たちの怒りにより従順になっていたということ。

 

Itaque huius consilio Lacedaemonii cum Perse rege amicitiam fecerunt, dein Deceleam in Attica munierunt praesidioque ibi perpetuo posito in obsidione Athenas tenuerunt;

そういうわけで彼の助言によってラケダイモン人たちはペルシア王と同盟を結び,次いでアッティカのデケレアを堡塁で囲み,そしてそこに常駐の守備隊を置き,アテナイを包囲戦の中に持ち込んだ;

 

eiusdem opera Ioniam a societate averterunt Atheniensium;

同じ者【=アルキビアデス】の力によって彼らはイオニアアテナイ人との同盟関係から離れさせた。

 

quo facto multo superiores bello esse coeperunt.

そしてそのために彼らは戦争において遥かに優位に立ち始めた。

 

4つ目の「その時」の件は原文を残そうとまどろっこしくしてますが,要するに「敵対者たちは彼が出発するその時を待とうと決めた」ということです。

各文に文法事項の注釈を入れることにしました。以前のにも何時か挿入します。

 

 

【参考文献】

Roebuck, R. (ed.) (1987) Nepos: Three Lives, Bristol Classical Press, p.18 sq. (ラテン文もこれを使用)

上村健二,山下太郎訳(1995)『英雄伝』,国文社,47-8頁

 

Chapter5

 

Neque vero his rebus tam amici Alcibiadi sunt facti quam timore ab eo alienati.

しかしラケダイモン人たちはこれらの行為【「利益」でもいいかも】のためにアルキビアデスに対しての友好が生じさせられたというよりはむしろ,彼に対する恐れによってそれらが手離された。

(his rebus:内容は第4章の終わりを参照)

(alienati:amici Alcibiadi suntが省略され,factiと対になっているとしました)

 

Nam cum acerrimi viri praestantem prudentiam in omnibus rebus cognoscerent, pertimuerunt, ne caritate patriae ductus aliquando ab ipsis descisceret et cum suis in gratiam rediret.

すなわち最も透徹な男【=アルキビアデス】の注目すべき【=卓越した】あらゆる物事についての叡智を彼らが知ると,彼が祖国への愛情に導かれていつしか彼ら自身の元を離れ,そして彼のものたち【→アテナイ人】と友情の中に戻る【→和解する】のではないかと彼らは恐れたのである。

 

Itaque tempus eius interficiundi quaerere instituerunt.

それ故に,彼らは彼を殺す時【→好機】を伺い始めた。

 

Id Alcibiades diutius celari non potuit.

このことはアルキビアデスに対して,より長く隠されることはできなかった。

 

Erat enim ea sagacitate, ut decipi non posset, praesertim cum animum attendisset ad cavendum.

というのも,彼は直感力を持つ類の人であり,したがって,とりわけ彼が意識を警戒へと向けた時には,騙されることはできなかったのである。

 

Itaque ad Tissaphernem, praefectum regis Darii, se contulit.

それ故彼はダリウス王の地方長官,ティッサフェルネスの元へと赴いた。

 

Cuius cum in intimam amicitiam pervenisset et Atheniensium male gestis in Sicilia rebus opes senescere, contra Lacedaemoniorum crescere videret, initio cum Pisandro praetore, qui apud Samum exercitum habebat, per internuntios colloquitur et de reditu suo facit mentionem.

その者と最も親密な友情に達した後,また,シチリアにおけるアテナイ人の悪しき行動【=失敗】により力が弱まっていること,一方でラケダイモン人たちが強まっていることを見ると,彼はまずサムス島で軍隊を有していたピサンドロスと使者を通じて連絡を取り,彼の帰還【→アルキビアデスのアテナイへの帰還】についての可能性を示唆した。

(male gestis:完了受動分詞で訳すと「悪しく行動されたことにより」ですが,少しまどろっこしくなったので,派生語?の名詞gestusで取りました)

 

Erat enim eodem, quo Alcibiades, sensu, populi potentiae non amicus et optimatium fautor.

 なぜならばピサンドロスはアルキビアデスが持つものと同じ意見であり,民衆の権力の味方でなく貴族の支持者であった。。

(enim, eodem, quo, sensu:全部「性質の奪格(~をもった)」でいいのかな...?)

(amicus, fautor:どちらも繰り返しとなるため省略されたeratの目的語としました)

 

Ab hoc destitutus primum per Thrasybulum, Lyci filium, ab exercitu recipitur praetorque fit apud Samum;

彼はこの人には見捨てられたが,テュコスの息子トゥラシュブルムによって初めて軍隊に迎え入れられ,そしてサムス島に於いて指揮官に任命された。

(fit:歴史的事実としての現在形,facioの受動形故に,主格2つをとって「任命された」となる)

 

post suffragante Theramene populi scito restituitur parique absens imperio praeficitur simul cum Thrasybulo et Theramene.

テラメネスの支持以後,人民の決定により地位が回復され,不在のままトイラシュブルスやテラメネスと同じ権限の指揮官に任じられた。

 

 

Horum in imperio tanta commutatio rerum facta est, ut Lacedaemonii, qui paulo ante victores viguerant, perterriti pacem peterent.

彼の指揮権の中で大きな事態の変化が為され,少し前は勝利者たちとして勢いがあったラケダイモン人たちは脅かされ,講和を求めていた。

 

Victi enim erant quinque proeliis terrestribus, tribus navalibus, in quibus ducentas naves triremes amiserant, quae captae in hostium venerant potestatem.

すなわち彼ら(ラケダイモン人たち)は5つの陸戦と3つの海戦で勝利され,海戦では200隻の三段櫂船を喪失し,それらは捕らえられて敵の支配に陥ったのであった。

 

Alcibiades simul cum collegis receperat Ioniam, Hellespontum, multas praeterea urbes Graecas, quae in ora sitae sunt Asiae, quarum expugnarant complures, in his Byzantium, neque minus multas consilio ad amicitiam adiunxerant, quod in captos clementia fuerant usi.

アルキビアデスは同僚たちとともに,イオニア,ヘレスポントゥス,加えてアシア【=小アジア】の海岸にあった多くのギリシア都市を取り戻した;多数の都市を攻略したが―その中にビュザンティウムがあった―捕らえられたものへ寛容さが為されるべしという賢察を持って,劣らず多くの都市を修好同盟へと加盟させた。

 

Ita praeda onusti, locupletato exercitu, maximis rebus gestis Athenas venerunt.

このようにして彼らは戦利品によって重くされ,富んだ軍隊で,最大の戦功を以って,アテナイに帰還した。

 

 

【参考文献】

Roebuck, R. (ed.) (1987) Nepos: Three Lives, Bristol Classical Press, p.19 sq. 

上村健二,山下太郎訳(1995)『英雄伝』,国文社,48-9頁

 

Chapter6

 

His cum obviam universa civitas in Piraeum descendisset, tanta fuit omnium exspectatio visendi Alcibiadis, ut ad eius triremem vulgus conflueret, proinde ac si solus advenisset.

すべての市民が彼の元へ向かってピラエウス港へと下りた時,すべての人々のこれほどまでの期待はアルキビアデスが見に来られることであり,それ故民衆はあたかも彼一人が到着したかのように,彼の三段櫂船へ向かって殺到していた。

 

sic enim populo erat persuasum, et adversas superiores et praesentes secundas res accidisse eius opera.

なぜならば人々においては以下のように説得されたからである,【+すなわち】過去の不運も,現在の順境も,彼の働きから生じたことであると。

 

itaque et Siciliae amissum et Lacedaemoniorum victorias culpae suae tribuebant, quod talem virum e civitate expulissent.

したがって彼らはシキリアの損失もラケダイモン人たちの勝利も,そのような男を国から追い出したという理由で,その【=市民たちの】罪に帰していた。

 

neque id sine causa arbitrari videbantur.

それが理由なしに信じられるとは思われていなかった。

 

nam postquam exercitui praeesse coeperat, neque terra neque mari hostes pares esse potuerant.

なぜならば,アルキビアデスが軍隊の指揮をすることが始まって以来,陸でも海でも敵は互角であることができなかったからだ。

 

Hic ut e navi egressus est, quamquam Theramenes et Thrasybulus eisdem rebus praefuerant simulque venerant in Piraeum, tamen unum omnes illum prosequebantur, et, id quod numquam antea usu venerat nisi Olympiae victoribus, coronis aureis aeniisque vulgo donabatur.

この人【=アルキビアデス】が船から降りるや否や,テラメネスとトゥラシュブルスは同じもの【=戦い】を指揮し,共にピラエウス港に来たのであるが,それにもかかわらず,すべての人々は彼の人に随行しており,そして,そのこと【=冠が贈られたこと】はオリンピアの勝利者以外では,より以前には決して起こらなかったことだが,金と銅の冠を持って公然と贈られていた。

(写本においては"coronis laureis taeneiisque",すなわち「月桂樹と帯の冠」です;なんとなくこちらのほうがいい気がします。)

 

ille lacrumans talem benevolentiam civium suorum accipiebat reminiscens pristini temporis acerbitatem.

かつての辛辣を想起しつつも,彼の人は泣いて市民たちのこのような行為を受け取っていた。

 

Postquam astu venit, contione advocata sic verba fecit, ut nemo tam ferus fuerit, quin eius casui illacrumarit inimicumque iis se ostenderit, quorum opera patria pulsus fuerat, proinde ac si alius populus, non ille ipse, qui tum flebat, eum sacrilegii damnasset.

彼はアストゥについた後,民会に呼ばれ,次のように陳述を始めた;すると,彼の不幸に涙せず,人々-その働きによって彼が祖国から退去させられた-に敵愾心を露わにしないほど残酷なものは誰もおらず,【+そしてそれは】その時泣いてた人自身ではなく,あたかも他の人々が,彼に宗教冒涜の罪を帰したかのようであった。

 

restituta ergo huic sunt publice bona, eidemque illi Eumolpidae sacerdotes rursus resacrare sunt coacti, qui eum devoverant, pilaeque illae, in quibus devotio fuerat scripta, in mare praecipitatae.

したがって国庫からこの者に財産が返還され,かの司祭ら,エウモルピダエは彼を呪っていたが,元通り呪いを解くよう強いられ,そして呪いが刻まれていたその柱は海の中へ沈められた。

 

ネポスによるアルキビアデス伝第6章です。英雄として迎えられた彼と,その名誉回復が記載されています。ただし,"haec Alcibiadi laetitia non nimis fuit diuturna."「このアルキビアデスの喜びは大して長続きしなかった」のであった...(7章へ続く)

 

【参考文献】

Roebuck, R. (ed.) (1987) Nepos: Three Lives, Bristol Classical Press, p.20 sq, 63sq. 

上村健二,山下太郎訳(1995)『英雄伝』,国文社,49-50頁

 

 

Chapter7

 

Haec Alcibiadi laetitia non nimis fuit diuturna.

このアルキビアデスの喜びは大して長期間のものではなかった。【→大して長続きしなかった】

 

Nam cum ei omnes essent honores decreti totaque res publica domi bellique tradita, ut unius arbitrio gereretur, et ipse postulasset, ut duo sibi collegae darentur, Thrasybulus et Adimantus, neque id negatum esset, classe in Asiam profectus, quod apud Cymen minus ex sententia rem gesserat, in invidiam recidit.

なぜならば,彼のためにあらゆる名誉が承認され,平時と戦時において全ての国事が彼一人の裁量によって行われるように託され,そして自身に2人の同僚-トゥラシュブルスとアディマントゥスが与えられるようにまさにその人が要求してそのことが拒否されなかった時,彼は艦隊を伴ってアシアへ出発し,【+しかし】キュメに於いて意図していたよりも少ない戦功を上げたという理由で,彼は再び憎悪へと落ちいった。

 

Nihil enim eum non efficere posse ducebant.

というのも,彼らは彼が遂行できないことは何もないと見なしていたからだ。

 

Ex quo fiebat, ut omnia minus prospere gesta culpae tribuerent, cum aut eum neglegenter aut malitiose fecisse loquerentur; sicut tum accidit.

そのようなことから,より不都合に生じさせられた全てのことを,人々は彼がぞんざいに,あるいは悪意を持って行動したと言いいながら【+彼の】過失に転嫁したということになり,この時もこのように生じたのである。

 

Nam corruptum a rege capere Cymen noluisse arguebant.

すなわち彼らは,彼が王【=ペルシア王】によって買収されたのでキュメを占領することを欲さなかったのだと非難したのだった。

 

Itaque huic maxime putamus malo fuisse nimiam opinionem ingenii atque virtutis.

それ故,この人にとって極めて悪かったのは,才能や加えて果断さの極端な期待であったと我々は見なすのである。

 

Timebatur enim non minus quam diligebatur, ne secunda fortuna magnisque opibus elatus tyrannidem concupisceret.

というのも,彼は愛されていたのに劣らず,幸運と多くの財産に驕って僭主政治を要求するのではないかと恐れられていたのである。

 

Quibus rebus factum est, ut absenti magistratum abrogarent et alium in eius locum substituerent.

このことによって,人々が不在者【=アルキビアデス】に対して職権を剥奪し,他の者を彼の地位へ後代わりに置くということが為された。

 

Id ille ut audivit, domum reverti noluit et se Pactyen contulit ibique tria castella communiit, Ornos, Bisanthen, Neontichos, manuque collecta primus Graecae civitatis in Thraeciam introiit, gloriosius existimans barbarum praeda locupletari quam Graiorum.

彼の人はそのことを耳にするや否や,本国へ引き返すことを欲さず,パクトゥエーへ向かい,そこでオルニ,ビザンテ,ネオンティコスの3つの砦を固め,ギリシア人よりも夷狄の略奪品を以って富まされることをより名誉あるものと判断し,集められた手勢によって,ギリシアの市民で初めてトラキアの間に入った【→侵入した】。

 

Qua ex re creverat cum fama tum opibus magnamque amicitiam sibi cum quibusdam regibus Thraeciae pepererat.

このおかげで,彼は名声と同様に財産においても力をつけ,トラキアの数名の王たちとの多大なる同盟関係を獲得したのであった。

 

Neque tamen a caritate patriae potuit recedere.

しかし彼は祖国に対しての愛情を捨てることができなかった。

 

 

またしても雲行きが怪しくなっています。キュメでは海戦で敗北したようですが,クセノフォン(Hellenica, 1.5)によるとさほど大したものではなかったようで(しかも彼はその戦闘には不在でした),完全に全能者としての評判が独り歩きしてしまった結果でしょうか...

 

 

【参考文献】

Roebuck, R. (ed.) (1987) Nepos: Three Lives, Bristol Classical Press, p.21 sq. 

上村健二,山下太郎訳(1995)『英雄伝』,国文社,50-51頁

 

Chapter8

 

Nam cum apud Aegos flumen Philocles, praetor Atheniensium, classem constituisset suam neque longe abesset Lysander, praetor Lacedaemoniorum, qui in eo erat occupatus, ut bellum quam diutissime duceret, quod ipsis pecunia a rege suppeditabatur, contra Atheniensibus exhaustis praeter arma et navis nihil erat super, Alcibiades ad exercitum venit Atheniensium ibique praesente vulgo agere coepit:

一方,アテナイ人の総帥フィロクレスがアエゴス川の近くに彼の艦隊を駐屯させていた時,ラケダイモン人たちの総帥リュサンデルは,遠くは離れていないところにいて,自らにおいては王から資金を与えられていたが,逆にアテナイ人においては底をつき,武器と船を覗いて何も残っていなかったという理由で戦争をできる限り長く引き延ばすことに忙殺されており,アルキビアデスはアテナイ人の部隊を訪れ,そこで目下の兵士たちに対して訴え始めた:

 

si vellent, se coacturum Lysandrum dimicare aut pacem petere spondit;

アルキビアデスは,彼ら(兵士たち)が望むなら,戦うか或いは和平を要求するか,リュサンデル自身に対して何れかを強いることを【以下のようにして】約束した;

 

Lacedaemonios eo nolle classe confligere, quod pedestribus copiis plus quam navibus valerent:

「海軍においてよりも陸上の軍においてより力があるという理由で,ラケダイモン人たちは艦隊を以って戦うことを欲しない:

 

sibi autem esse facile Seuthem, regem Thraecum, deducere, ut eum terra depelleret;

だが,私にとってはリュサンデルを陸から追い出すためにトラキア人の王セルテスを導き入れることは容易である;

 

quo facto necessario aut classe conflicturum aut bellum compositurum.

それが為されることによって,彼らはやむなく艦隊を以って戦うか,戦争を調停するだろう。」と。

 

Id etsi vere dictum Philocles animadvertebat, tamen postulata facere noluit, quod sentiebat se Alcibiade recepto nullius momenti apud exercitum futurum et, si quid secundi evenisset, nullam in ea re suam partem fore, contra ea, si quid adversi accidisset, se unum eius delicti futurum reum.

フィロクレスはそのことが正しく述べられたことに気づいていたが,それにも関わらず,要求を実行することを望まなかった;というのも,アルキビアデスが受け入れられたら,自身においては軍隊における影響力を全くして失い,そしてもし何らかの好都合なことが起こっても,そのことに対してその一端を担うことは決してないだろうし,それと逆に何らかの不都合なことが起こると,自分一人でアルキビアデスの過失に対して責任があるだろうと自ら判断していたからだ。

 

Ab hoc discedens Alcibiades `Quoniam' inquit `victoriae patriae repugnas, illud moneo, ne iuxta hostem castra habeas nautica: periculum est enim, ne immodestia militum vestrorum occasio detur Lysandro vestri opprimendi exercitus'.

この人【=フィロクレス】の元を去りつつ,アルキビアデスは述べた;「君が祖国の勝利にこうしているのであるから,私は海軍の陣営を敵のすぐ知覚に留めおくことなかれと警告しておこう:なぜなら君たちの兵士たちの放縦によって,君たちの軍隊が屈服させられるであろう好機がリュサンデルに与えられる危険があるからだ。」

 

Neque ea res illum fefellit.

そしてその事態は彼を裏切らなかった。

 

Nam Lysander cum per speculatores comperisset vulgum Atheniensium in terram praedatum exisse navesque paene inanes relictas, tempus rei gerendae non dimisit eoque impetu bellum totum delevit.

すなわちリュサンデルは,アテナイ人の兵士たちが略奪するために地上に上がっていたことを,殆どからの船が残されているという確報を斥候を通じて受けると,実行されるべきことの時を逸せず,その襲撃によって戦争自体を全くして終わらせたのである。

 

 

最後更新したのいつだったっけな...

ペロポネソス戦争末期,アテナイの敗北のことが描かれています。ここでは嫉妬心に踊らされた将軍が,アテナイ随一の名将の助言を無視したため戦争に敗れたという文脈になってますね。トゥキュディデスとかの該当部分もいずれ読んでみたいです。

 

 

【参考文献】

Roebuck, R. (ed.) (1987) Nepos: Three Lives, Bristol Classical Press, p.22 sq. 

上村健二,山下太郎訳(1995)『英雄伝』,国文社,51-52頁

 

Chapter9

 

At Alcibiades, victis Atheniensibus non satis tuta eadem loca sibi arbitrans, penitus in Thraeciam se supra Propontidem abdidit, sperans ibi facillime suam fortunam occuli posse.

それに対してアルキビアデスは,アテナイ人たちが敗北したことによって同じ場所が自分にとって十分には安全でないと判断し,プロポンティスを越えてトラキア内地へと逃れた(そこに彼の財産を隠されて持つことが最も容易だと期待してのことである)。

 

Falso.

誤りであった。

 

Nam Thraeces, postquam eum cum magna pecunia venisse senserunt, insidias fecerunt;

なぜならば,トラキア人が,アルキビアデスが膨大な財産とともに来たことに気づくと,待ち伏せを行ったからだ;

 

qui ea, quae apportarat, abstulerunt, ipsum capere non potuerunt.

彼らは彼が携えていたものを奪い去り,【しかし】彼自身を捕らえることはできなかった。

 

Ille cernens nullum locum sibi tutum in Graecia propter potentiam Lacedaemoniorum, ad Pharnabazum in Asiam transiit;

彼の人【アルキビアデス】は,ラケダイモン人たちの支配権故に,ギリシアにおいて彼にとっての安全な場所はないと判断し,パルナバズスの元へ小アジアへと渡った;

 

quem quidem adeo sua cepit humanitate, ut eum nemo in amicitia antecederet.

アルキビアデスはこの人をその人間性を持って魅了し,誰も彼を友情において上まらないほどであった。

 

Namque ei Grynium dederat, in Phrygia castrum, ex quo quinquagena talenta vectigalis capiebat.

確かにパルナバズスは彼にフリュギアの城市グリュニウムを与え,そこから彼は貢納の50タレントゥムを得ていた。

 

 

Qua fortuna Alcibiades non erat contentus neque Athenas victas Lacedaemoniis servire poterat pati.

その境遇によってアルキビアデスは満足させられず,また,アテナイ人がラケダイモン人たちに勝利され隷属していることを許すことができなかった。

 

Itaque ad patriam liberandam omni ferebatur cogitatione.

それ故,彼は祖国が解放されるようなあらゆる思考に駆り立てられていた。

 

Sed videbat id sine rege Perse non posse fieri ideoque eum amicum sibi cupiebat adiungi neque dubitabat facile se consecuturum, si modo eius conveniundi habuisset potestatem.

しかしそれはペルシア王【+の助力】なしには実行されることができないのが明らかになり,それ故,そのことに対して友好的な彼【=王】が与されることを熱望し,そしてもし彼が会見される機会を持ちさえすれば,それ自体が容易に帰結されることを疑わなかった。

 

Nam Cyrum fratrem ei bellum clam parare Lacedaemoniis adiuvantibus sciebat:

というのも,王の弟のキュルスがラケダイモン人たちの助けによって密かに彼に対してに戦いを準備していることを知っていたからだ:

 

id si aperuisset, magnam se initurum gratiam videbat.

もしそのことを明らかにすれば,自身が多大な寵を得るあろうと彼は考えた。

 

 

戦後小アジアに逃れたアルキビアデスはどうしていたのかが書かれています。誰とでも友好的な関係を築ける人物とのことで,平穏に暮らそうと思えばいくらでもそうできる人だったのですね。ところが...

(ちなみにキュルスの反乱は失敗したそうです)

 

【参考文献】

Roebuck, R. (ed.) (1987) Nepos: Three Lives, Bristol Classical Press, p.23 sq. 

上村健二,山下太郎訳(1995)『英雄伝』,国文社,52-53頁

 

 

Chapter10以降はしばしお待ち下さい。